親から子への愛情

よく「親から子への愛情」とか「昔、自分が小さかった頃は極貧生活だったけれども親の愛情だけは誰にも負けなかった」などと雑誌やネットでみかけます。「そんなの親だから当たり前だよ」と言いたくなりますが、昨今の子供へのネグレクトや暴力や暴言などがニュースで報道される度に「時代は変わった」と言わざるを得ません。しかしそのような事実は全体から見ればごく一部に過ぎないのも事実です。大半は程度には差はあるものの「親から子への愛情」は普遍的に存在します。

今回は世間でよく耳にする美談やお涙頂戴は横に置きます。そして望まぬ妊娠の場合も除外します。欲しいと思って授かった子供ならどんな親でも最初に対面した時は否定的な感情を持つことはありません。その後に経済的な困窮や離婚などの試練が待っていようともほとんどは跳ね除けて前進できます。最近、子育て途中で親が病気になり子供が親を看病するヤングケアラーが話題によく出ますが、それをも乗り越えていく子供は傍目から見ればとても頼もしくみえます。しかし実際の当人たちはとてもそのような美談で片づけることはできません。そしてそのよう苦しい環境で育った大半の子供は大きくなってもその感謝の心を忘れない素晴らしい大人になります。一方で不幸にしてそのような環境が子供を悪事の道に進ませることもあるのも事実です。そのような色々な場面を見たり聞いたりすると結局のところ「自分自身の心の持ち方次第」になるのかもしれません。

では自分の場合どうだったかと言えば、極貧生活を経験したことや暴力、暴言、ネグレクトなど受けたこともない家庭でしたのでその辛さは言葉では理解できても実感としては決してわかりません。それは同じ境遇なら同意見でしょう。寧ろ一般的には裕福な家庭に育ったと言った方が良いかもしれませんので、子供の頃はそのような事を考えることもありませんでした。これも当然です。そして親になったら今度は対岸からの立場で子供を見つめます。少しでも幸せになれるようにと。それなりに生活にも余裕がありましたので、子供たちも私と同様に育ったと信じています。そして子育てに後悔しないように自分としてはこの15年間は全速力で走ってきました。空回りしたことも多々ありました。また子供たちが自ら望んだのではなく、親の身勝手な暴走ではなかったのかと自問自答する局面もありました。しかし親になりたくてなった親なら皆そのような場面に遭遇することはあったはずです。無かったという親がいればそれは鈍感な親に他なりません。

ただ最近になって少し気になる事があります。それはそのような幸せな環境で育った子供は逆境やプレッシャーにかなり弱いのではないかと思うのです。これも全ての子供に当てはまるものでもありません。強い子は強いのです。しかし一般的には少しだけ弱く見えてしまうのです。これも親の目からで子供はそう思ってないかもしれません。でも「残りの少ない時間でどうにか逆境に強い人間に育ってほしい」と願っています。

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