今年の梅雨入りは遅かった

今年の梅雨入りは6月26日で異例の遅さでした。例年なら6月の第1週目には梅雨入りして6月下旬は梅雨半ばでムシムシして早く梅雨明けしないかと思い始めます。ところが今年の6月下旬までは昼間は暑くなりましたが、夜は涼しく湿度が高くて寝苦しいという感じはほとんど皆無でした。また夏至前後の夕暮れは19時をまわり、20時頃にやっと暗闇に包まれました。朝は5時前から明るくなり1日の始まりも早く、早起き人間の事を言い換えれば年寄りになるのですが、早朝型の私にとっては朝から1-2時間を有効に使うことができます。ここ2年はこれからの人生のため?に毎日数学の問題を解いていますが、早朝は数学の難問を取り組むには頭がとてもクリアなためサクサクと理解できシャープペンシルがスムーズに動きます。同じ行為を昼休みにしようものならすぐに睡魔が襲ってきて全くと言っていいほど捗りません。また冬場は朝が寒くて早朝に目が覚めてもなかなか布団から出るまでに心の中で何回も気合を入れて葛藤しなければなりません。それだけで30分以上のロスが出ます。ですから6月中下旬がこれだけ気候が良いのは数十年に一度のことで思う存分時間を有効利用しました。また毎年の夏至前後は雲に覆われてお天道様を見上げることは稀ですが、今年は毎日ほぼ真上から夏至前後の強い日差しを受けて肌が痛いくらいでした。なかなかこのような経験はなく貴重でした。

そして6月26日にやっと3週間遅れで梅雨入りしました。山口県は適度に雨が降りましたが、南九州は災害級の豪雨でした。7月中旬になるといつ梅雨明けするのだろうかソワソワし始めます。しかし梅雨が明けたからといってパラダイスというわけではありません。寧ろ地獄の猛暑を通り越して酷暑週間が始まります。梅雨明けからお盆までの20日間はクーラーの中で忍の一文字で耐え抜かなければなりません。それを思えば少々梅雨明けが延びたとしてもその後の地獄を考えれば儲けものかもしれません。昔は1日でも早く梅雨が明けるのを数えるようにして待っていましたが、最近は少し考え方も変わってきました。しかし梅雨末期のあの大雨とネトネトジメジメした環境はよくありません。今年の梅雨もそろそろ終盤にさしかかって嫌な時期になりました。今年はどこも大きな災害が起こらなければよいのですが、こればっかりはわかりません。

今年の夏はエルニーニョ現象と地球温暖化で梅雨明けが遅れ、最高気温が40度突破する地域が続出するのでしょうか?考えただけでもウンザリしてきます。そしてこの時期は熱中症で日本のどこかで毎日誰かが亡くなります。特に高齢者は熱中症にかかりやすく「私だけは大丈夫などと思わないように運が悪ければ誰でも死亡する可能性がある」と口を酸っぱくして外来では言い続けています。来年の今頃は東京オリンピックです。梅雨明けしていれば酷暑に対する万全の熱中症対策が必要ですし、梅雨明けしていなければ雨に対する災害の対策が必要です。半世紀に一度の大イベントですのでお天道様には無難な天気にしてもらえるようにお祈りするばかりです。

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Tokyo2020チケット抽選~その2~

6月20日の朝のニュースで早速当選発表の手順を説明していました。どうせ午前中は仕事ですからこちらもそこまで必死でPCとにらめっこしようとは思っていません。申込者には個人宛にメールで合否通知が来るそうです。しかしID登録だけで700万人いますので早々にメールが到着するのも順番というものが存在します。木曜ですので仕事が半日で終わりますので午後にゆっくりと見ようと思っていました。昼過ぎに長女からメールで「落ちた」との一報がラインで届きます。それで少し気になりメール箱を探しますが、つまらないダイレクトメールばかりで肝心なメールは見当たりません。そこで登録IDから検索しようと東京五輪のHPに入りますが、「現在、あなたは130万人目で確認に1時間以上かかります」とのコメントが入り断念します。そうこうするうちに長男からも同じく「落ちた」との一報が届きます。これはかなりの難関で宝くじ並みかと不安が過ぎります。その時です。私のID宛にメールが届きました。Tokyo2020と書いてあります。「やっと来たか。でもどうせ当たってないだろうな」と期待せずに開きました。「当選」という文字が目に飛び込んできました。流石に閉会式は当たりませんでしたが、最終日の午前中の女子バレーボールの3位決定戦を4枚ゲットです。勿論家族で行くため席は一番後方の安い席ですが、それでも1枚8000円の合計32000円也です。女子バレーは最初から狙っていました。私がバレーをしていたこともありまた女子は世界ランク5-6位ですので地元開催の利を生かせばもしかすればこの試合はプレミアものになるかもしれません。これで今年の運は使い果たしかと思っていましたが、家内や次男のID宛には一向にメールが来ません。もはやこれまでかと思いましたが、それでもやはりこの目で確認しなければ気が済みません。仕方ないが100万番目だけど待つかということでHPの待機で待つこと1時間、忍の一文字です。

やっと自分の番が回ってきました。家内のIDを入力すると「当選」と出ていました。勿論閉会式は落選ですが、閉会式の前日の国立競技場の陸上決勝の一番後方の席をゲットしました。開会式や閉会式を観たいのですがそれは困難でも、責めて国立競技場で金メダリストと同じ空気を吸いたいのは皆同じです。これで死ぬまで東京五輪で国立競技場に行って観たと後世まで言い伝えることができます。こちらは1枚5800円で合計23200円也になり合わせて5万円を超えます。当選貧乏とはよく言ったものです。それに取れるか取れないかわからない東京の高い宿代や交通費を含めるとかなりのお盆休みの旅行代金になりますが、それでも一生の記念旅行になるはずです。そんなことを考えながら次男や母のIDを調べますが、皆落選でした。一応2勝4敗という結果になりましたが、それでも家内へのメールは届きません。結局吉報が届いたのは翌日です。

ここで我々の今年の運は全て使い果たしたのかもしれませんが、これで1年後までのお楽しみが増えました。やはり少し遠くに人参がぶら下がると毎日の仕事や生活に張りが出てくることを改めて感じました。

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Tokyo2020チケット抽選 ~その1~

5月9日からTokyo2020のチケット申込が開始となりました。来年の話ですが、チケットがなければテレビ観戦になってしまいます。この東京大会を逃すと死ぬまで後悔するかもしれませんのでチケットが当たれば上京予定です。大会期間が7月24日金曜から8月9日の日曜までですが、仕事の都合もあり流石に開会式を観に行くのは不可能です。それならば閉会式ならお盆休みも兼ねて行けるかもしれないと考えてチケット抽選申込をすることにしました。しかし開会式のチケットは最高額で30万円超えで閉会式でも20万円はゆうに超えています。家族5人の値段からすれば最低価格の1万円前後のチケットでも合計で5万円となりそれに交通費や宿泊代を含めるとプラチナチケットの金額に近づきます。やっぱり都会は土地や物価が高くまた文化的行事にかかる費用は地方からの遠征費を考慮すればかなりの割高感があります。自然や空気のきれいな地方ですが、こればかりは都会にはかないません。今はもう抽選に当たった気で話していますが、これから申し込んでいざ抽選となると開会式や閉会式の倍率は100倍以上になるのではと予測しています。長男の大学入試の倍率よりも遥かに高いので当たる気もしません。しかし五輪憲章にあるように参加することに意義があり、申込をしなければ参加もできません。ですから家族総出で一人一人ID登録を5月の連休中に済ませました。これで確率が5倍程度に上がるはずです。

いよいよ5月9日です。朝のNHKニュースでこの抽選申込は先着順ではないので初日は大変込み合いますからと異例のお知らせです。お昼のニュースでは全くPCからTokyo2020にアクセスしても繋がらないという人々の声を流していました。私は翌日の夕方に初めてアクセスしてみましたが、なんと前に3万人待ちと表示されましたのですぐに諦めて深夜か早朝にしようと考え、3日目の土曜の朝5時過ぎに起きてアクセス再挑戦です。

PCを開いてIDを入力すると待機人数100名でものの30秒でアクセス可能です。昨日とは大違いでサクサクと事が運びます。やはり都会では昼間の仕事の休み時間やお暇な主婦?が昼間にアクセスして集中しているのでしょうか。「昼間から待ち時間3時間だった」と昨日のインタビューにこの日本は改めて平和な国家だと再認識させられます。そこで早速閉会式は2枚までその他決勝競技は4枚までで国立競技場での陸上でそれが駄目なら第2希望は横浜アリーナで野球決勝です。翌日は女子バレーの3位決定戦と決勝の抽選予約を家族5人で分担してオーダーします。それでも先程申しましたように医学部受験の倍率よりも遥かに高いので5人のうち一人でも当選すればラッキーと言わなければならないでしょう。あとは6月20日の抽選発表を待つだけです。仮に当選して閉会式前日の陸上競技と翌日のバレーの試合と閉会式を観覧できるとすれば5人で行けばおよそ20万円近くかかりそれに交通費と宿泊費を足せばかなりの出費で当選貧乏です。それでも死ぬまでずっと「俺は東京オリンピックを観たぞ!」と自分の後世に言い続ける事ができます。6月20日当日になりました。発表は次回のお楽しみ。

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景色が変わる

大関から横綱になると見える景色が変わると大横綱白鵬関が昔言っていました。短命横綱で先日引退した稀勢の里関も同じことを言っていました。一流のプロ選手が皆異口同音に言います。一般人も感覚的にはわかるつもりですが、実際に見てないので想像上の世界です。物理的には昨日と今日で見えるものは変わりませんので視覚には同じ物が映って網膜を通して視神経に入力されます。そして大脳の視覚野という場所に到達して画像が脳の中で構成されて見えたという感覚になります。

ではどこで景色が変わるのでしょうか?これからは科学と哲学の領域を行ったり来たりしながら解明していきたいと思います。まず視神経線維を通って大脳に到達するまでは情報が昨日と本日で異なることはあり得ません。なぜなら物理的に見える情報のインプットが変わらないわけですから。すると必然的に大脳の視覚野に入力された時点で情報が修飾されることになります。情報の修飾というのは過去の行動や経験などの記憶が海馬という場所に保管されています。つまり大脳の視覚野に入ってきた信号がいち早く海馬の過去のデータと照合されて同じ景色なら過去に見た景色と同一であると判断を下して昨日も今日も変わらないと景色であると思うのです。それが大関までの毎日だったのでしょう。それが横綱審議委員会で横綱に推挙された当日から見える景色が変わるのです。それは横綱になったという使命感や責任感という重圧が大脳の海馬の別の場所に保管されて昨日見た景色が同一であるのにもかかわらず別の景色に色付けされるのです。昨日まではアウトプットされなかった重圧という修飾つまり着色される因子が横綱になった今日からは海馬からアウトプットされますので景色が変わったということになるのだと個人的には科学的に分析しました。

なぜこのような分析をしたかと言いますと、今回長男が大学入試で第一希望の大学に入学できましたが、私個人としても一緒に並走してきたという自負があります。自分の母校でなければここまで並走したという自負がなかったかもしれませんし、入学式にも出なかったかもしれません。過去の海馬にある自分の学生時代の記憶と30年以上の時を経て自分の息子が歩く後姿をだぶらせているのかもしれません。またあの歩き慣れた大学の道を再び歩くことを当初は予想していませんでしたが、いざ歩くとなると嬉しいとか不安だとか懐かしいとかいろいろな思いが交錯していました。ですから入学式の当日まではその道を歩いた時にどのような気持ちになるのかが予測不能だったのです。それが横綱の「景色が変わる」という言葉に集約されているように思えたのです。答えは「景色は変わりません」でした。しかしその後は海馬から過去の記憶が溢れるように湧いてきてその後は寝ているときの夢にまでその当時の記憶が蘇るようになりました。昨年まではそのような夢は全くみていませんでした。つまり視覚上は変わらない景色なのに頭の中ではかなり景色が変わったのでしょう。これからどのように景色が色付けされるか楽しみです。

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平成天皇退位と令和天皇即位~千年以上続く男系家族の世襲による苦労~

平成天皇陛下の退位と令和天皇即位の10連休から早50日が経過して令和という言葉の違和感がなくなってきましたが、まだ令和の日付スタンプが手に入らず、平成という文字をボールペンで二重線を引いてその上に令と書くかRと書いています。その作業だけでもかなりしましたが、そろそろその作業も終了です。周囲も「平成さよなら、ありがとう」から「令和こんにちは」祝賀ムードもほぼなくなってきましたので、サラサラ流に令和を取り上げてみたいと思います。昭和から平成へ、戦争から平和へ、大震災を経てなど内容は既に出尽くしていますので敢えて同じ内容には触れません。

今回のお題は「千年以上続く男系家族の世襲による苦労」についてです。日本は世襲に対して非常に関心が高い国で一部の国では皇室と同じようにロイヤルファミリーがありますし、北朝鮮などは典型的な世襲による独裁国家です。比較的歴史の浅いアメリカではあまり世襲を耳にしませんが、ケネディ家とかブッシュ家などと家系が存在します。血の繋がりはその家系に生まれた子供の運命でどうすることもできませんが、それを守り続けていくことは大変な事です。例えば市川海老蔵さんの場合は成田屋を絶やさないために息子の勸玄君に愛情とともに歌舞伎を愛するように教育しています。もし子供が歌舞伎役者をやらないと言えば父親は子供の幸せを考えて泣く泣く諦めると思います。それが親というものです。一方で子供も成長する過程で親の背中を見て育っていきますので、なかなかその川の流れに逆らって逆走することはできません。親子ともども生きていく間に自然と学習していくのです。その象徴が日本国をずっと見守って来られた天皇家であり、男系の長男が一番の重荷を負います。昭和天皇も平成天皇も令和天皇も国民のために日本の象徴であり続けるために頑張ってこられてこれからも頑張られるのだと思います。そのような重圧を考えれば世襲は大切でありまた大変でもあるのです。国民の8割が好感をもつ皇室なんて世界中にありません。安倍首相の支持率でさえ5割いきませんし、昔SNSがなかった時代の紅白歌合戦でさえ8割到達は困難でした。話が変わりますが、医者の息子は周囲から小さい頃から「大きくなったらお医者さんになるの?」と聞かれます。昔は「いらぬ御世話!」と若気の至りで反発もしていました。「他人の事よりまず自分の事を心配すれば」と心で相手に叫びながら適当に「はあ」と取り繕っていました。他人からすれば何気ない一言かもしれませんが、本人からすれば心に刺されるように痛いこともあるのです。ですからなるべく私は世襲に関する事は今まであまり触れてきませんでした。その気持ちは今でも変わりありません。

平成から令和の時代になり皇太子殿下が天皇陛下に即位されましたが、今後のご苦労は計り知れないと思います。そして日本の象徴として平成に引き続き戦争のない平和な時代が続き国民の皆が幸せに過ごせるような令和の時代になればいいと思います。令和という響きは本当に素晴らしいと思います。

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