運動会は雨でも決行~その1~

今年は10連休でしたが、その最初の昭和の日に毎年次男の高校で運動会があります。週間予報では28日の日曜日までは天気が良かったのですが、29日と30日は雨マークがついていましたので1週間前からヤキモキしていました。前日の予報でも明日は朝から九州は雨のようで翌日に順延の可能性もありますが、当日朝のホームページを見てから出発しても到着するのは昼前になってしまいます。こちらではすでに深夜から小雨が降り始めて屋根に雨音がポツポツと打ち付けてなかなか寝付けませんでした。早朝5時になっても一向に止む気配はありませんが、佐賀まで片道ゆうに3時間はかりますので現地の天気を気にしながら見切り発車で出発です。学校のホームページで朝6時半に運動会を決行するかどうかがわかりますが、それは道中の高速でスマホで確認です。仮に雨で順延なら事前に有田焼の陶器市が本日から開催予定ですのでそのまま高速で有田市まで行き陶芸鑑賞に変更になります。今回は翌日も退位の日で祝日ですので万が一の雨天順延に備えて学校の近くの古湯温泉に予約を入れておきました。晴天なら運動会を観てその後ゆっくり温泉につかり翌日次男をピックアップして帰途につくか雨天順延なら有田焼を鑑賞してから温泉旅館でゆっくりして翌日の運動会を観て帰路につくという柔軟な予定を立てていましたので余裕です。6時過ぎに学校から各自に小雨決行のメールが入ります。小倉を過ぎた高速でそれを確認します。車のワイパーはひっきりなしに動いています。途中の鳥栖インターを過ぎたところで事故があって長い渋滞となりましたが、どうにかこうにかその渋滞も抜け出して学校に到着したのは8時30分でした。

雨にもかかわらず続々と父兄が運動会に来て学校前の道路も渋滞です。急いで家内と学校の正門を駆け抜けて、今年もお決まりのテントの前に陣取ります。一向に小雨は止む気配はありません。雨天決行ですので学校側から午前中で全ての競技を終了すると言う短縮プログラムが発表されて開会式も手短に終了して個人の徒競走からスタートです。早速高校1年100m走がありましたので小雨の中で次男の姿をビデオで追っかけます。3年前は本当に小さかった次男ですが、少しは成長した姿で位置についています。できたら親の身長を超えてほしいのですがまだ10㎝以上足りません。寮生活では身長は伸びないのでしょうか?少々疑問です。徒競走は次男にとって得意種目ですので今年もその走る姿だけは見逃さないようにビデオカメラでその走る姿を追っかけます。走り方も段々としっかりして安心して観ることができます。今年も6人中2番でゴールを駆け抜けました。その姿もばっちりと記録できましたので一安心です。その他にも次男は何種目か出場予定の競技がありましたが、雨天決行特別プログラムへの変更となり午前の部に午後の目玉である応援合戦を中心に前倒しして駆け足で競技が進行していきます。小雨決行の運動会は6年間に誰でも1回くらいは経験があるでしょう。参観者としては晴天の日にやらせてあげたい気持ちはありますが、こればかりはお天道様次第です。その後は次回のお楽しみに。

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最初で最後の10連休

今年のゴールデンウィークは30年に一度?の10連休になりました。昨年末に政府から公式に発表されると個人的には「何しよう?この9連休」と思っていましたが、どうせ休日夜間診療所の当直が否が応でも回って来ますので海外旅行なんてできないことは最初から織り込み済みです。でも折角の祝日ですのでしっかりと休ませてもらおうと思っていましたが、世の中の働くお父さんは私みたいにその事実を素直に喜んで理解している人だけではありません。診療所を1週間も閉めたらその前後のやりくりが大変だとか急患はどうするのかなどと病院側は困惑しています。そのような意見も出るのは織り込み済みでそれは各々が個別に対処すればいいと政府は見て見ぬ振りです。それを見越して当院は早々と全て祝日は休診に決定しました。どうせ遠出なんて現状では不可能ですし、前半は次男の学校の運動会があり1泊2日の小旅行です。そして天皇退位の日から7連休は次男が家に帰省して中間テスト直前ですので一緒に数学と英語の試験対策に時間を充てる予定です。個人的にはお金を使わないで平成天皇の退位と令和天皇即位を静かにお祝いしながら次男と勉強をして前回の長男の如く今度は次男と一緒に走ります。ですからいつ休日診療所の当直に当たろうともお好きにどうぞです。これが海外旅行でも計画しようものなら日程の調整から旅行会社のここまでふんだくるかというほどの高値での取引に翻弄されていたかと思うとぞっとします。「折角の長期休暇だから長女も長男も帰省すればいいのに」という考えは親の身勝手な考えでしょう。学生には学生なりの予定や段取りもあります。親の一方通行にはいきません。結局7連休は次男と3人で自宅にいました。当直は5月2日の日直と連休最終日の夜間の夜を担当しました。具体的に何をするかは私の性格上手帳にびっしりと記入済ですが、その通りに事は運ばないのが世の常です。

私のように個人的な計画で9連休をいかに効率的に過ごすかという悩みと世間一般の方々の悩みは最初に書いたように異なるようです。個人商店の悩みは些細なことですが、大手の悩みはずっと病院を閉めたら社会が混乱するとか予定手術がこなせずに連休明けの外来や手術が大混雑して回らないだろうとか高尚なお悩みのようです。そういう意味では個人の零細企業は気楽でいいものだと改めて思います。働き始めた頃からずっと夏休みを順番に1か月から2ヶ月取得できる欧米人を羨ましく思っていましたので、今回の些細な悩みと高尚な悩みを比較すること自体が日本というお国柄なのでしょう。ですから学校の先生は生徒が夏休みなら仕事も休みで羨ましいから学校の先生に将来なりたいと子供ながらに思ったこともありましたので、現在の学校の先生がそんな私の子供ながらの夢を聞いたら頭から湯気が出て卒倒するかもしれません。冗談はさておき、このような10連休は金輪際ないわけで日本の特別なウィークで平和な日本に感謝の念を抱かなければなりません。そしてこの9連休でこれからの自分や子供達の事など将来について考えるには丁度良い時間をもらったと思っています。

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寮での新生活の準備

入学式の翌日は家内と長男とで日用生活品の買い出しに行きました。大きな冷蔵庫など家電は山口で買って配達してもらいましたが、こまごまとした物はその地元で揃えなければなりません。まずは自転車が必要です。事前に自転車さんを大学の前の通りでチェックしてから向かいます。大学の前の通りは医大通りと言います。他の医大の前の通りも同じように医大通りと呼んでいます。大学がありそこに学生がいるとその地域の商店も潤いますし活気づきます。やはり若い人が多いことは良いことです。その医大通りを歩くと昔あったお店はほとんどなくなってしまいましたが、それでも数件は残っています。昔クラブ活動を終えてここを歩いてここの寿司屋に入ったとか定食屋で食べたとかいろいろな事が思い出されます。家内や長男には全く理解不能ですが、私自身だけで喋り続けていますと目的の自転車屋さんに到着です。2年までの教養課程では隣の大学まで歩いて1分ですので自転車は必要なくちょっとした買い物などに使う予定です。しかし3年からの専門課程に入ると新宿駅西口の都庁近くの大学病院に行かなければなりません。歩けば20分はゆうにかかりますので自転車が活躍します。雨の日は雨合羽を着て寮生は歌舞伎町を駆け抜けるのでしょうか?田舎では当たり前の光景ですが、都会でははなはだ疑問です。残念ながら自転車さんは休業日でしたので後日に出直しです。

その後は日用生活用品を買うために医大通りを出て靖国通りを通って新宿駅方向に向かいます。新宿駅まで歩いて15分程度ですが、買いたいものは駅に着くまでに多くのお店があり何でも揃います。家内と一緒にショッピングをするのは昔から苦手です。そのような時は時間を決めて本屋に行くなど別行動をしていました。しかしこと子供の事になると全然面倒くさいとは思わなくなるのは不思議です。この事実を家内に言えるはずもなく黙って二人の後ろに金魚のフンのようにくっついています。寮では自炊する子も多く長男も浪人時代は寮で気分転換に自炊していたようですので調理セットも持参しています。自炊は電気調理器ですが、そんなものまで買って6畳一間の部屋に入るのだろうかと心配になります。勉強机や棚などは今年卒業した6年の先輩のお古をもらったようです。そんな光景をみているとなんだか自分ももう一度学生時代に戻りたくなります。

今まで買い物がこんなに楽しいとは思ったことはありませんでした。多分、家内と二人で伊勢丹に入っても全然面白くないでしょう。そんなことは口が裂けても言えません。それから寮に戻ってカーテンをつけたり掃除をしたりと二人は忙しそうですが、私は一人傍観者として見ています。次回上京した時の食事は私が学生時代に行った馴染みの店に行きたいと思います。当時はその店の味を美味しいと感じていましたが、今も美味しいと感じるかそれとも懐かしいと感じるかはわかりません。そんなことを考えながら楽しい東京での2日間の日程を終えて私たちは東京を後にしました。今日の写真は寮の窓から大学と散りゆく桜を観た写真です。

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大学入学式~現在から未来へ~

入学式当日の朝はソメイヨシノが風に舞って道路にかなり散っていましたが、雲一つない快晴です。天気予報では最高気温は20度を超えるとの予想ですが、大学の正門に到着する頃には早くも熱気に包まれています。早朝から目が覚めても興奮気味で早く大学の正門にたどり着くこの瞬間を待ちわびていました。やっとのことでたどり着いた大学正門は、私が学生の頃は何気なく通っていましたが、再び通過するのにこれほど遠い道のりとは思いませんでした。長男の中学受験の失敗から始まり、素行不良で学校に呼び出されていろいろあった7年間が走馬灯のように走り過ぎますが、体当たりでよく頑張ったと自負しています。そしてありきたりですが正門の前で記念写真を撮りたいのですが、もう父兄の行列ができています。写真を撮る順番が来るまで感慨深く物思いにふけって37年の時を経て当時の自分と長男が重なって脳裏に蘇ります。昔とはルールが変わったのか賑やかなクラブ勧誘はありません。入学式が始まるのを待っていると目の前に私の同級生がいました。予想外の展開に自分として状況がのみこめません。新入生名簿を見ると同級生と同じ苗字が印刷されています。全くの偶然ですが、人生何が起こるかはわかりません。

厳かに入学式が始まりましたが、昨年は大学の不正入試で揺れました。しかし今年入学した新入生には全く罪はありません。堂々と胸を張って入学式に臨んでほしいと私達だけでなく誰もが思っているはずです。私くらいの年代になると入学式に出席される大学執行部の先生や同窓の先生は当時私が習った恩師や同級生前後の先生で占めます。見渡すと知らない顔が多いのですが、たまに来賓の中に知った顔を見つけるとそれだけで懐かしさが込み上げてきます。つつがなく入学式を終えると入学式をした記念会館の地下で弁当が用意されています。全く事の流れが自分の入学式のときと同じです。これも伝統の一つかもしれません。昼食を終えると父母はこれからの大学の運営など説明で、新入生は別の教室で明後日からの授業のオリエンテーションで別行動です。約1時間の説明で終了となり記念館の前で子供たちを待ちます。その時も同級生とずっと昔話に花が咲きました。1時間ばかり話をしているとやっと新入生もオリエンテーションが終了しましたので、早速寮へと向かいます。私が学生の頃友人が寮に入っていましたのでたまに寮に上がったことがあります。その当時に将来自分の子供が同じ寮に住むなんて天地がひっくり返っても予想しませんでしたが、今その現実の中に立っています。長男のこれから住む古めかしい昭和の建物は年季が入っていますが、中は意外に綺麗です。

楽しくも緊張した入学式の1日でしたが、その後は私たち3人と東京にいる長女と義兄とでワインの美味しい店に行きました。未成年の長男はジュースで我慢させて美味しい料理とワインを堪能しました。こんなに楽しく和やかな気持ちになったのは何年ぶりでしょうか?また自分の同級生のご子息と長男が同じ学び舎で同級生になるというサプライズもあり少々興奮気味です。さて明日は寮の荷物整理が待っていますが詳しくは次回に。

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大学入学式~過去の記憶~

今回はご縁あって私の母校に長男が入学することになり、せっかくの機会ですので30年ぶりに母校の入学式に出席してきました。自分の母校でなければ敢えて入学式には出席しなかったかもしれません。実際に長女の大学入学式は家内のみが出席しました。昨今の入学式や卒業式には両親に祖父母まで一緒に来ることも多いと聞きます。昭和生まれの世代として最初は信じがたい光景でしたが、小学、中学、高校の卒業式に出席した家内からほかの家庭では夫婦二人での出席が多かったと聞いてきましたので最近はあまり違和感を持っていません。自分も仕事の合間をぬって小学校の卒業式には一瞬でも見に行きましたのでその気持ちはわかります。しかし子供たちが県外に入学した中高の入学式や卒業式には流石に仕事を休んでまでは行けませんので私は出席していません。その仕事を休んでまで出席という感覚が平成生まれの感覚なのでしょうか。そのようなこともあって今回の長男の大学入学式には特別な思いが一部混じっていたのかもしれません。

私が入学した37年前の当日のことを思い出そうとしてもなかなか思い出せません。入学式自体の事は全く覚えていません。また大学の正門で記念写真を撮影するのが慣習化されていますが、当時は正門前で記念写真を撮影している光景もあまり見ませんでした。唯一覚えているのは大学の正門をくぐるや否やクラブ勧誘が凄まじかったことです。受験前に大学の正門前までの路上を歩くといつの間にか予備校のパンフレットで両手がふさがってしまいますが、それと似たような光景が入学式当日の大学の正門の中でありました。最初は何事かとビックリしましたが、「これが大学なのだ」とその後新入生の入学式当日に自分がその場でパンフレットを渡す立場になって普通の感覚に変わっていきました。今回も30年以上の時を経て同じ光景を目にすることができるのかどうかを期待しています。多分、同じ光景を目にすることができたとき一瞬にして過去と現在の時空を超えて行き来できると思っています。その他の入学式自体の記憶は全て飛んでいますが、入学式後に体育館の地下で母と一緒に昼食をとりそこで母校の目玉の学ランを着た応援団がどすのきいた声で入学祝のエールをしていただいた事はよく覚えています。今回の入学式予定表にも同じように体育館地下で昼食と書いてありましたので、37年前と全く同じ内容で変わっていないのかもしれません。それが終了するとまたクラブ勧誘の嵐を通り抜けこれから始まる新しい学生生活の準備のためにそそくさと日用品などを買いそろえるためにお店巡りをして阿佐ヶ谷のアパートに戻ったと記憶していますが、あまり定かではありません。点と点の記憶を繋ぎ合わせるように過去の記憶を辿っていますが、それ以上思い出すには限界があります。しかし今回入学式に出席すると突然当時の記憶が蘇ってフラッシュバックしてくるかもしれません。その意外な記憶の蘇りも密かに期待しています。

朝、自分には似つかわしくない一張羅のスーツを身にまとって家内と一緒に桜の散りしきる大学の正門に到着です。続きは次回に。

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