統計学を通して見えてくるもの

今回は統計学について語りたいと思います。先日の数学ⅡBをやっていた時に最後の章が統計的推測でした。読んで問題を解いてもピンとしっくりきません。なにかモヤモヤ感だけが残ります。20年前に医学博士取得時にはかなり医学統計学を読み漁りましたが、その当時も何となくわかったようでわからないようなモヤモヤとした消化不良感が残ったのをよく覚えています。学位取得では結局のところデータの有意差検定をしてp<0.01以下なら有意差ありと結論を出せばよかったため、当時はすでにパソコンがかなり普及していましたのでデータさえ表計算ソフトに入力して検定アプリ、当時使用したのはスタットビューという医師の間では誰しも論文を書く時には触らないことはないくらい超有名なソフトでしたが、それを駆使して統計の理論など無用で数字を打ち込むだけOK!とかダメ!と判定してくれましたのでとても重宝したのをよく覚えています。ですから結局「統計とはなんぞや?」という根幹を全く無視して学位という結果のみを追いかけたために今回のようなモヤモヤ感が再び登場したのだと思います。数ⅡBの統計的推測はセンター試験では数列とベクトルの選択問題となっているために教科書や参考書でまともに記述されていません。ですからこの統計をやろうとする高校生は大変だと思います。問題自体は数列やベクトルより簡単ですが、理解して解くのと基本がわからないままやり方を教わり真似して解くのとではやはり前者の方が難しくてもしっくりくることが多いでしょう。それは仕事でも同様です。同じ仕事内容でも自分だけでなく相手にも理解納得させてやり遂げた仕事はやり甲斐や充実感を伴います。一方でただこなしただけの時は満足感を伴うことは少なくやり甲斐を見出すことはできません。

そこで今回は一念発起して統計学なるものを少し勉強してみようとわかりやすそうな入門書を買い込んで読みました。数字や公式などで論理的に攻める本は理解できずに途中で投げ出すことが多いのでそのような本は最初から無視して中学数学だけで理解できて10万部のベストセラーと謳い文句の本を買いました。簡単に3日で読み上げましたが、やはりなんとなくモヤモヤ感が残ります。なぜか?それは統計という学問を基本から学ぶには時間が少なすぎるのではないかと思うのです。他章の微分や積分は時間をかけてこれでもかとやりますが、統計学は教科書も参考書も根っこを押さえずに端折ってしまうのです。ゆっくり時間をかければ微分・積分にも負けないほど面白い内容で実用的です。結局、私も時間を十分にかけてないでやろうとするからモヤモヤ感が残るのです。

世の中の起こる事柄を無限に並べていくとほとんどでその起こり方はサイコロと同じように正規分布をするのですが、その正規分布をすることを利用して博打の予想や株価の予測そして挙句の果てには選挙速報までします。夜20時に選挙が終了すると開票もしてないのに日本一早く山口4区で当選確実が出ます。そのカラクリを知るためにもう少し統計・確率の勉強を受験勉強としてではなく趣味としてやりたいと思います。

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父から継承

形式上ですが、1969年以来ずっと当診療所の管理者であり院長を務めてきた父は527日をもって完全に引退しましたことを改めてご報告します。そして528日から私が管理者と院長に就任しました。この10年間は副院長であった私が実質的に診療を行なってきましたが、今後は名実ともに私一人で全責任を負わなければならなくなりましたので表面上は全く変わってないように見えますが、気持ちとしてはとても身の引き締まる思いになります。

61日という日は偶然ですが、私たちにとっていつの時代でも特異日に当たります。196961日にこの地に父が自宅兼診療所を開設しました。当時私は保育園の年長組でそのピカピカの家から毎日保育園に通い始めたのを今でもはっきりと覚えています。しかし当時は診療所なるものがどういうものか理解しているはずもありません。それから逆算すると2019年に開業50周年を迎えますので、できたらそこまでは父に形式上でもよいから院長を続けてもらい201961日に継承をしようと以前から思っていました。いろいろな意味でこの特異日を意識していたからです。しかし90歳を迎える老体にはこの1年が非常に長く感じられてその姿を見てきた私としては「あと1年延長するのは少し荷が重いかな」とずっと思っていましたのでせめて節目である今年の6月前後に早めたのです。以前にもブログで書いたことがありますが、以前は医師国家試験が4月にあってそれから合格発表までおよそ1か月かかるため実際に日本国の医師であると厚労省に登録されるのは6月初旬でした。ですから昔は61日が医師としての初出勤となっていましたし、人事異動も全て61日付が多かったのです。ですから私も勤務医としての異動もほとんどが61日でした。ですからいつも5月下旬は引っ越しなどでバタバタして6月の初日は緊張した気持ちで臨むことが多かったのです。大晦日と元旦は暦の上では1日しか変わらないのに年が変わって新たな気持ちで臨むように医師にとっては61日が元旦のようなものでした。ですから全てがこの61日を中心に私のこの30年間は動いてきました。学生時代までは2月がいつも入学試験や定期試験の季節で2月という月はいつもバタバタしていた記憶のみでそれ以外に思い出そうとしても思い出せません。同じように社会人になってからはこの6月はいつもバタバタしていたという記憶があります。

今回も外から見れば一見何も変わりありません。しかし手続き上では5月と6月では全く変わります。制度上から仕方ない事ですが、もう少し手続きの簡素化ができないものかと思いますが、この面倒臭いほどの手続きがあるからこそ日本の皆保険としての医療が成立しているのです。もし簡単に出来たら過去に他の業界で改ざんなど手抜きが発覚しましたが、同様の問題が起こってそのつけが患者さんにまわってしまい不利益を被る可能性が出てくるのです。いずれにせよ新たな気持ちで再出発しましたので今後とも変わらず頑張っていきたいと思っています。

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第2回子供の教育を真剣に考える会

先日、「第2回子供の教育を真剣に考える会」が開催されましたのでご報告します。今回の最大の目玉はMRさんの娘さんが有名女子中高一貫校に合格されたことです。勿論のことご両親のサポートは大変だったと思いますが、主役の本人が一番大変だったことに間違いありません。そして中高一貫校に入学すると周囲は同じように厳しい試験を勝ち抜いてきた凄い子ばかりですのでこれからの6年間の競争が待ち受けています。ですから自分のモチベーションをいかに保ち続けて自身の立ち位置を決めていかなければなりませんので入学してから一層大変です。老婆心ながら中学受験を終えた親としての心得と率直な感想を述べさせていただきました。人生死ぬまで勉強なのです。一時的なマイルストーンで喜怒哀楽が発生しますが、すぐに元のレールに戻って走り出します。その特急列車の終着駅はありません。そのような列車に乗って人生という舵を切っていくのです。同業種や異業種に関係なくこのような話題を真剣に話すことはあまりないのですが、この「子供の教育を真剣に考える会」という旗の元では話せてしまうので不思議なものです。

関西以西の中学受験は1月下旬には終了します。そして大学センター試験を挟んで私立大学入試が始まり入試本番を迎えて2月初旬には関東で中学受験が一斉に始まります。そして国立大学の前期試験が終了すると同時に公立高校の受験が始まり3月中旬には最後のトリである国立後期試験で終了です。皆さんそれぞれの立場が異なるため全てが終了して反省会を開くには3か月近くのタイムラグがありました。そのため会を本当はもう少し早くやりたかったのですが、この時期までずれ込んでしまったのです。結局うちの長男が浪人する羽目になったことが一番遅れた原因でした。今回はうちとその中学受験に合格した以外には主だった受験生はいませんでしたのでもっぱらその話題に集中しましたが、その方の長男さんは今年高校3年でいよいよ本命の大学受験を迎えます。リベンジができる大学入試ですが、それでも一発で合格するにこしたことはありません。昨年経験した事を少しでも参考になればとお話しました。

今回も話していて感じたことですが、中学、高校、大学と受験は3年ごとに数珠つなぎのように連なっていきます。どこかで脱落もしくは逃げない限り必然的にやってきます。自分も当時はそう思いませんでしたが、歳をとってから振り返ってみると「当時はよくやったなあ。今同じことをやれと言われても決してできないよ」と実感します。多分若いからそしてまだ世間をあまり知らずに学校の先生から「白は白。黒は黒」と教えられてそれを吸収するだけでよかったからできたのだと思います。「黒でも白」と言われたらそれを信じて疑う余地はないのです。初等教育から大学までの教育でその人の人生をほぼ決定してしまい国家の命運さえも変えてしまうのです。隣国のように誤った教育でも子供がそれを信じて洗脳されればそれが正しくなってしまいます。未来ある子供たちに対する教育者の重要な使命は計り知れないものがあります。

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除草

毎年桜が散ると木々の芽が出始めて新緑の季節になります。1年で気候も一番よく植物はどんどん成長していきます。まるで子供の成長と同じです。一方で雑草もどんどん生えて3月までは綺麗だった場所に草がぼうぼうとなります。本当にあっという間の出来事で1週間前は生えてなかったのに1週間後は土が見えなくなって緑に覆われてしまいます。毎年同じことの繰り返しですが、今年も除草の季節になりました。昨年までは両親が知り合いに頼んでやってもらっていましたが、今年からは経費削減で私の仕事となり少々の小遣い稼ぎをさせてもらうことにしました。昨夏ぼうぼうの生い茂った草と所々に鳥が木の種を運んで来て植えてくれたのか3m程度の木まで混じっていました。昔から見ていていずれは面倒になるなと思いながら放置していたのですが、流石に見るに堪えられなくなり昨夏に剪定の業者に依頼して2日間で3万円ばかりの出費になりました。最初はなかなかおいしいバイトかなと人ごとに思っていましたが、昨秋に一度今年の春に雑草が生えないように草抜きをして除草剤を撒きました。それでおよそ2時間ですが肉体労働というよりもしゃがんで同じ体勢維持をする方が大変で腰が痛くなりました。いつも机に座って事務仕事の多い人間が慣れない肉体作業をすると大変な事が身に染みてわかりました。

その除草をする際にはどんな除草剤が時間短縮してコスパに優れているのでしょうか?その疑問に応えるべく情報収集から始めました。知人からの情報でラウンドアップか根こそぎという除草剤がいいという口コミ情報も得ていましたので、その2種類を中心にネット検索です。調べると葉から吸収して根まで到達してその草そのものを枯らしてしまう製品と土に撒いてそこから新しく生えてくる草を生えないようにする製品もあります。一般的に現在は草ぼうぼうで困っているのですから前者が優先となります。過去に草取りをして腰が痛くなったことは結構ありますが、その知識があったら無駄な草抜きなどせずに楽にできたことが何回あったことでしょうか?無知は生きていく上で損をすることを改めて認識しました。勿論、除草剤を撒いて良い場所と行けない場所も理解しました。いくら根に入って枯らした後には無害ですと言われてもその除草剤そのものに手を触れたりすればよく水洗いをしなければなりません。子供が口に入れるのはもっての外ですが、人が歩く道や野菜などを周囲に植えてある場所では駄目なのは当然です。その点は細心の注意を払わねばなりません。

結局まずラウンドアップで草を枯らして根こそぎで生えてこないようにしましたが、昨秋以後の草が生えてきましたので同じ作業を3月下旬にしました。これで今シーズンは終わりかなと思っていましたが、この2週間で一気にまた草が生えてきましたので3月に続いて今回は連休前の晴れた木曜の午後にラウンドアップのみ撒きました。この季節は暑くもなく寒くもなく丁度良いのですが、重装備でする作業では汗びっしょりです。そして植物の生命力には改めて感心させられました。

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ゴールデンウィークの過ごし方の変遷

今年のゴールデンウィークは勉強三昧でした。体よく言えば知的に過ごした連休となりますが、実際は二次関数の最大、最小値との格闘です。物理は作用反作用やつりあいや重力などの力学、化学は電解質のイオン解離などもしました。やるうちに昔の知識が少しずつ蘇ってきました。最近は盆、正月とゴールデンウィークは遊びに行くよりもこのような知的作業を楽しんでいます。以前は自分にとって勉強は性に合わないものだと信じていましたが、実は違っていたようで自分の中での本質部分は好きなのだと思っています。ただしその条件として勉強をやらされる場合と仕事に絡む勉強は今でも大嫌いです。当たり前のことですが、自ら進んでやるから楽しいのです。今回の知的作業も最初は子供の試験勉強でやらされていましたが、その後自ら計画して目標に向かい始めると楽しくなります。しかし連休に入る前はこの悪戦苦闘を予想して「嫌だなあ」と尻込みします。いざ突入すると毎日疲れ切って「もういい、勘弁して」と思います。そして最終日には「今回もよくがんばった」と感慨深くなります。そしてその日の夜の打ち上げのビールは格別です。

ところで連休が勉強三昧になったのはいつ頃からでしょうか?かれこれ自分が子供の受験に関わりだした10年前に遡ります。最初は連休全てを潰して勉強三昧のようなことはありませんでした。上の子供たちが優秀だったからではありません。上から順番に同じ経験を積んでいくと最初は右往左往しますが、3度目になると効率もよくなります。一方で過去の苦い経験を生かすべく更にやるべきことがどんどん増えててんこ盛りになります。そしてここ数年の連休では毎日がとてもしんどくなり「連休なんか早く終わってしまえ」と思うようになってきました。もっと昔に遡ると連休は家族皆で旅行に出かけていました。各地の催し物に参加して専ら遊び三昧の楽しい一瞬でした。もっと昔に遡ると勤務医の頃は大抵日直か当直で赤日連休も仕事で飛び石連休でした。まだまだ時計の針を戻して30年以上前の学生時代に遡ります。当時は運動クラブに属していましたので連休には合宿がありました。普通の大学の体育会系のクラブと比較すると甘いかもしれませんが、自分たちの中ではこれが結構きつくて「早く連休なんか終わってしまえ」と思っていました。そして干支が3周した頃まで遡ると自分が現在の子供たちと同じ立場になります。連休は受験の第一の天王山でした。第二の天王山の夏休みまでに45日まとめて休みが取れるのはここしかありません。自分の親は全く受験勉強に関わっていませんでした。しかしやらなければいけないことに変わりはありません。現在の子供たちの気持ちは痛いほどわかるつもりです。やりたいと思ってやっていた勉強ではありません。早くこの灰色のハイスクールにピリオドを打つべく「来年の今頃は花の大学生になって遊びまくるぞ」との思いを抱きながら嫌々していました。結局、三回り以上周ってみると昔の自分と今の子供たちもそうたいして変わらないことに気づきました。歴史は繰り返すということです。やりたいことをしているという点では現在の連休が一番幸せなのかもしれません。

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