がんばりました!300回記念

このブログを始めておよそ6年が経過しようとしています。毎週月曜日の朝一に掲載していますが、諸事情で遅れることもありますが、意地の6年でした。まだまだ1000回には3分の1も到達していません。内容もだぶることを心配していましたが、その気になればその時節柄の話題を取り上げながら自分の思いを混ぜていくと泉のように文章が湧いてきます。自分の思いが込み上げてきた時にはそれが旬なわけでその湧き上がる思いの噴水をタイミングよくすくい上げて書き留めておかないと忘れてしまいます。おおまかには後でも覚えていますが、その旬の思いはその時にしか湧いてこないからです。ですから仕事中などに思い立つとメモ用紙に本当に走り書きにメモって後で落ち着いたときに文章をワードで構成していきます。幸い私の場合仕事がデスクワークに近いため少しの隙間時間があれば仕事画面から個人画面に切り替えて文章を書き始めます。その場合文章と言っても思いのままに書き殴ります。接続詞も句読点も適当で今の旬の思いを掌から水がしたたるように零れ落ちないようにするために書き殴るのです。一気に思いを書くとものの30分でほぼ書きあがります。しかしその時点では読み返してみると全く文章になっていません。でもその時は読み返さずに、その時のありったけの気持ちが入っていればそれでよしです。

そして1週間程度ほったらかしです。その間は全く書いた内容の事は考えませんし覚えてもいません。私の中ではその間は文章を寝かせておく状態なのです。別に食べ物でもありませんし酵母も入ってないので文章自体は発酵なんてしません。しかし私の頭の中のどこかで少しずつ発酵しているのです。これが文章の発酵なのです。かの有名な作家の外山滋比古氏の本を以前読んだときに考えた事は少し時間をおいて頭の中で寝させると書いてあったのを参考にしました。寝かせるではなく寝させると書いてあったのには意味があるのかもしれませんが、文学に疎い私には今でもよくわかりません。しかしその発酵して熟す時間は何も考えてない時でも実は頭の神経回路ではその文章についての推敲が現在進行しています。なぜなら次に文章を読み返した時に以前の考えが正しくてもそうでなくても再びどんどんいろいろな考えが浮かび上がってくるのです。多分人間の脳は意識しなくても一度インプットした記憶はいろいろな関係のないと思われる場面でも神経細胞が発火しては消えまた発火するという行為が繰り返されているのだと思います。そして2回目の読み返しの時には少しずつ文章の繋がりを注意しながら文章らしくしていきます。でもまだまだちゃんとした文章にはなっていません。形式ばかりの文章にしただけでまだ表に出すような文章ではないのです。それから少しずつ暇な時に読み返しては文章の整合性や文法をチェックしながら最終段階に入っていきます。その間トータルの時間はおよそ1時間から2時間でしょうか。つぎはぎの推敲時間と文章をじっくり寝させておいた時間によって少しずつ文章が発酵してやっと毎週月曜に形となって表れてくるのです。最初は大変な作業でしたが慣れてしまえば苦にはなりません。

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