診療所の医師の目から見た冠動脈バイパス術

先日、天皇陛下が冠動脈バイパス術を受けられました。著名人が病気をされるとその病気の内容や治療法が一躍クローズアップされます。今回も新聞やニュースでたびたび取り上げられましたので、一般的な内容は御存じの方も多いかと思います。そこで今回は診療所の医師の目から見た冠動脈バイパス術と題してコメントしてみたいと思います。

狭心症とは冠動脈という心臓を養う3本の血管の一部が細くなり、血液が流れにくくなる病気です。わかりやく喩えるならば、人間の体が自動車、心臓がエンジン、冠動脈は車のエンジンに送り込む燃料パイプ、血液がガソリンです。通常ならば車は時速100km以上出してもびくともしません。しかし燃料パイプが目詰まりを起こしていればどうなるでしょうか?もうこのブログを定期的に読んでらっしゃるあなた!次にどのような展開になるかはもうおわかりですよね!そう。スピードを出そうとしてもエンジンにガソリンが十分に送り込めずにエンジンが壊れちゃいますよね。それが心筋梗塞です。狭心症はその壊れる前段階です。よって血管の目詰まりをカテーテルで拡げる内科的治療か、今回のように体の別の場所にある血管を目詰まりした先の血管につなぐバイパス手術という二種類の選択肢があるわけです。どちらも素晴らしい治療ですが、現在は手軽さから内科的カテーテル治療の方の実施例がはるかに多いのです。しかし目詰まりの場所や目詰まりが多数ある場合、または背景に糖尿病などの合併症がある場合などは、後者のバイパス術がカテーテル治療より優れていることが実証済みのため選択されることもあるわけです。難しいことは省略しますが、今回の報道内容からすれば冠動脈バイパス術の方がベストだということで個人的にも同意見です。

それでは別の視点からこのバイパス手術についてのよもやま話をしましょう。自分が医師になりたての頃はカテーテル術とバイパス術が半々くらいだったでしょうか。そして何よりも心臓を一旦停止させて5時間程度のバイパス術をしていました。現在よりも当時の医療技術が低かったためやはり大手術という感覚も一部ありました。しかし心臓を止めずに動いたまま手術を行う技術が導入されて以来、手術の安全性も向上しました。手術者に更に確かな技術が要求されたのは当然です。今回、順天堂大学の天野教授が招聘され東大の心臓外科チームと合同で手術が行われました。皇室関係の医療は東大が主に行ってきた過去の例からは異例だと新聞に書かれていましたが、それほど天野先生の技術がゴッドハンドに近いことを意味するわけです。ひと昔前に白い巨塔で一躍有名になった旧帝大医学部を中心とした学閥関係も、現在の社会のグローバル化の波にさらされているのと同じようです。しかし今回の手術は一人の医療従事者として、もちろん天皇陛下という特別な存在ではありますが、一人の患者さんとしての人生を考えて最適な医療を目指すという医療の原点に立ち返ってふるまわれた東大の先生方のご英断は素晴らしいことだと思います。あとは一人の患者さんとしての早いご回復を祈念してやみません。

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