ビール談義

どこの国でもビールは「とりあえず」という枕詞と共に愛飲されています。昔、中学生の頃に担任の先生が「ビールはあのホップの苦みがなんとも言えないほど美味しい」と力説していたことを昨日のように思い出します。当時はキリンビール一社ダントツの寡占状態でした。そして旧新南陽市にもキリンビールの瓶の製造工場があり同級生の親も工場に勤めていました。しかしもう10年以上になりますが、ビール工場が撤退して広大な土地だけが残り今ではショッピングモールに変わってしまいました。高校3年の体育祭の帰りに打ち上げで旧徳山市内の中華レストランに入って冷たい麦茶で乾杯しました。当時はウーロン茶もありませんでした。その時にたまたま高校の先生数名が入ってこられてあちらは勿論ビールで乾杯です。そのときの会話「あと数年で大人になったら必ずビールで乾杯になるけど、麦茶で乾杯なんて今だけで貴重だよね」は今でも忘れはしません。大学に入学して20歳を過ぎる頃になるとビールの味を覚えましたが、「なんでこの苦い飲み物が美味しいのだろう?」と素朴な疑問を持ち続けていましたし、バレーボールクラブのコンパではビール大瓶1本の一気飲みを上級生はしていました。当時の自分には到底できない芸当で現在そんなことをすると下手したらクラブのおとりつぶしになる時代です。ちょうど私が大学3年頃でしたが、アサヒスーパードライが一世を風靡して現在に至ります。しかしその時もあまり美味しいとは思いませんでした。

ビールが美味しいと思い始めたのははっきりと思いだしませんが、医者として働き始めて同僚と毎夜の遅くまで残業後の帰り際の晩飯がてらの「ちょっと一杯」の頃からでしょうか。その時も「お疲れ!カチン」というグラスの音に惹かれていたのかもしれません。その後もビールを飲み続けていますが、テレビで福山雅治が「うまいっ」というセリフを本当に地で感じ始めたのは開業してスポーツジムでおもいっきり汗を流した後に飲む350mLの缶ビールからだと確信しています。汗を流して喉がカラカラ状態であのビールの喉越しで初めて昔中学の先生が「苦みがうまいんだ」という表現がやっとわかりました。現在は世の中の価値観の多様化により発泡酒や第三のビールそして地ビールなど多く数えきれません。また最近は高級志向も重なって矢沢のえいちゃんがかっこよく口を逆台形のようにしてモルツの宣伝をしています。するとそれだけで今期のサントリービールの売り上げが跳ね上がってしまいます。以前一番搾りのガス付きサーバーをわざわざ買って飲んだこともある自分です。しかしいつの間にかガスもサーバーも姿を消してしまいましたが、今回は「シールを集めて送ればサーバー必ずもらえます」の宣伝文句に釣られました。盆までにモルツのシール集めてとうとう念願のサーバーが送られてきました。今回の写真はその送ってきたサーバーの最初の感激の1杯です。グラスは昨年四国に行った時のお手製の絵柄の砥部焼です。そしてビールが本当に美味しいと思う瞬間、それは楽しいことや充実感など精神的な満足感があってこそ「うまいっ!」と叫ぶことができるのだと思います。

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