英検の前にもっと大切なこと

昔から英検はありましたが、今は他にもTOEFLやTOEICなどいろいろと種類が増えて推薦入試や就職活動で三種の神器になっているようです。また漢検など英語以外にも多種多様で挙句の果てにはご当地検定なるものをやっている自治体もあります。私が中学の頃には中学卒業で3級、高校卒業で2級と言われていましたが、大学受験が優先で英検なんてどうでも良かったというのが本音でした。そして私は英検が面倒だったので全く取得していません。取得資格はソロバン3級くらいです。今は猫も杓子も意味も分からずにグローバル化と叫んだら正しいと大きな勘違いをしています。グローバル化のためには英語を話さなければならない。すると猫も杓子も皆、英検などの種々の資格取得に走らせてしまうのでしょう。そして小学校でも英語教育が執拗に叫ばれています。また中学では当学校には英検2級が何人いますと宣伝文句がHPで踊っています。個人的に英検を取得することが悪いとは全然思いません。しっかりとした日本語を取得できていたら問題ないわけですが、どうも日本人が日本語の取得することとグローバル化で早く英語という第二言語を取得することがゴチャゴチャになっている気がしてなりません。味噌もカスも一緒にしてはいけないと思うのです。

私も含めてそうですが、日本の英語教育は間違っていたとは思っています。10年近く英語を学んでも結局英語は話せませんでした。しかし真面目に文法をやれば医学の専門書など読むことや作文はどうにかなります。これは日本の教育の賜物です。ただしゃべれないだけです。しかししゃべれない友人もいざ留学や出張など必要に駆られれば嫌がおうにも日常英会話はできるようになると言います。突然の目の前で起こることには身ぶり手ぶりで対処して切り抜けますし、生死にかかわる場合なら会話は不要です。結局、人間通しの現在進行形の会話なんてその気になればそれなりにできるようになるはずだと私は信じています。しかし読み書きに関してはある程度椅子に座って腰を落ち着けて勉強しなければ身につかないのです。それは日本語教育にも同じようにあてはまります。文法など考えずに赤ちゃんから少しずつ言葉を聞いてしゃべり始める。これが英会話ではなく日本会話なのです。しかし読英に対する読日本(現代国語)や英作文に対する(日本)作文はなかなか訓練をしないと上達しません。私の場合ブログを書き始めてから嫌というほどそのことを感じています。日本人が日本人として将来グローバル化していくためには、まず自国の言葉である日本語をしっかりと学ばなければなりません。昔の人は読み書きソロバンという三種の神器を大切にしていました。

今の日本はやたら資格取得が叫ばれてそのうちの一つが英検取得でそれも大切ですが、それ以上に日本人が自国語の読み書きをしっかりと習得して日本語取得をしていかなければいけないと思います。そしてその延長線上にグローバル化があり第二言語の取得があるのではないかと思うのです。

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