父から継承

形式上ですが、1969年以来ずっと当診療所の管理者であり院長を務めてきた父は527日をもって完全に引退しましたことを改めてご報告します。そして528日から私が管理者と院長に就任しました。この10年間は副院長であった私が実質的に診療を行なってきましたが、今後は名実ともに私一人で全責任を負わなければならなくなりましたので表面上は全く変わってないように見えますが、気持ちとしてはとても身の引き締まる思いになります。

61日という日は偶然ですが、私たちにとっていつの時代でも特異日に当たります。196961日にこの地に父が自宅兼診療所を開設しました。当時私は保育園の年長組でそのピカピカの家から毎日保育園に通い始めたのを今でもはっきりと覚えています。しかし当時は診療所なるものがどういうものか理解しているはずもありません。それから逆算すると2019年に開業50周年を迎えますので、できたらそこまでは父に形式上でもよいから院長を続けてもらい201961日に継承をしようと以前から思っていました。いろいろな意味でこの特異日を意識していたからです。しかし90歳を迎える老体にはこの1年が非常に長く感じられてその姿を見てきた私としては「あと1年延長するのは少し荷が重いかな」とずっと思っていましたのでせめて節目である今年の6月前後に早めたのです。以前にもブログで書いたことがありますが、以前は医師国家試験が4月にあってそれから合格発表までおよそ1か月かかるため実際に日本国の医師であると厚労省に登録されるのは6月初旬でした。ですから昔は61日が医師としての初出勤となっていましたし、人事異動も全て61日付が多かったのです。ですから私も勤務医としての異動もほとんどが61日でした。ですからいつも5月下旬は引っ越しなどでバタバタして6月の初日は緊張した気持ちで臨むことが多かったのです。大晦日と元旦は暦の上では1日しか変わらないのに年が変わって新たな気持ちで臨むように医師にとっては61日が元旦のようなものでした。ですから全てがこの61日を中心に私のこの30年間は動いてきました。学生時代までは2月がいつも入学試験や定期試験の季節で2月という月はいつもバタバタしていた記憶のみでそれ以外に思い出そうとしても思い出せません。同じように社会人になってからはこの6月はいつもバタバタしていたという記憶があります。

今回も外から見れば一見何も変わりありません。しかし手続き上では5月と6月では全く変わります。制度上から仕方ない事ですが、もう少し手続きの簡素化ができないものかと思いますが、この面倒臭いほどの手続きがあるからこそ日本の皆保険としての医療が成立しているのです。もし簡単に出来たら過去に他の業界で改ざんなど手抜きが発覚しましたが、同様の問題が起こってそのつけが患者さんにまわってしまい不利益を被る可能性が出てくるのです。いずれにせよ新たな気持ちで再出発しましたので今後とも変わらず頑張っていきたいと思っています。

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