親は子供の応援団長

子供の運動会を参観して応援合戦がありました。各団とも一丸となって応援します。どこの学校の応援団でも毎年運動会前より放課後を利用して応援団長を先頭に皆で必死に練習して本番を迎えます。特に次男の中学では応援団長は成績優秀で皆の模範になるような生徒しか団長になれないようです。また次年度の応援団に入る為にはそれなりの個人的なアピールは勿論の事、周囲からの推薦も必要なことがあるようです。たかが団長されど団長です。それでは「子供の応援団長は?」と聞かれれば間違いなく親でしょう。それに異論ありません。スポーツ選手ではイチロー選手の父親が有名です。そして大昔に遡れば星飛雄馬でしょうか?星一徹もスパルタで非常に厳しく子供を育てました。しかしその秘めた胸の奥には子供に注がれる愛情もありました。子供はいつまでたっても子供で、親は応援団長を務めます。応援団長の引退式は子供が成人して社会人になって自立した時かもしれません。それまでは親も子供と一緒に走り続けなければなりません。走る時は「まだ一緒に走り続けるの?」と嫌気がさしてきますが、はるか向こうにゴールが見えてくると一抹の寂しさを感じ始めます。半分は嬉しいような半分は寂しいような複雑な気持ちです。

うちの長女は大学3年生でもう少しでゴールが見えてきました。長男は予備校生で今年大学に入れば最終コーナーに突入でゴールが見えてきます。次男は運動会の応援団のようにまだまだ先が見えません。学校の成績はどうかとか寮ではしっかりやっているかなど不安なことが湧いてきます。そして少しでも良い成績をとり運動会の徒競走で速く走れば一緒に喜びますし、試験の成績が悪いと自分の事のように落ち込み一心同体です。そして一番しっかりしているからと中学から寮に入れた次男ですが、やはり男の子でそろそろ中2病に罹患したようです。中2病とは巷での病名ですが、中高一貫校だと高校受験がないため普通なら中3の今頃は受験一色で悩みようがないのですが、中2~中3にかけて少しだらける時期が来て受験もないので更に悪化して特に反抗期の男子に多いように思えます。長男は中2から中3にかけてかなり道を逸れかけましたが、どうにか軌道修正して現在に至ります。そのような過去の貴重な経験がありますので、今回の次男の中2病もよくあることと高をくくっていますがそれでも応援団長としては気が気ではありません。次男はしっかりしていると思っていたのにでは通用しないのです。

そんな時こそ応援団長がどんと構えてゆるぎないように見せなければなりません。しかし心の中では過去に経験してきたとはいえやはり子供の一挙手一投足が気になりますし、もし道を踏み外したらと要らぬことを考えてしまいます。それを長女と長男に話したらそんな事あって当たり前で見守ってやればいいとの答えです。答えはその通りですが、当人はなかなかそこまではわかりません。数年後には同じように笑って話すことができるのでしょうが、今は緊張感が漂っています。応援団長をするにはいろいろな事が起こります。それをひとつひとつ丁寧に乗り越えていかなければなりません。

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