秋入学

先週は卒業式のことを書きましたが、今回は入学式の話題です。

東京大学が秋入学を検討して2017年から移行することが最近話題になっています。日本が世界のグローバル化に乗り遅れないようにするためだそうです。なんかとっても聞こえがよさそうです。「世界、グローバル化、乗り遅れないように」などスパイスのきいた刺激的なフレーズを聞かされると素人でも「ふむふむ、そうだよねえ」と答えが返ってきそうです。しかし、本当にそうなのでしょうか?秋入学と春入学、どちらの選択肢もある意味正しいし正解はないでしょう。しかしどちらの選択肢が日本の進むべき道としてベストあるいはベターなのかは考えなければいけないと思います。

まず秋入学が施行された場合、「もしドラ」の世界です。そうなると春から夏に卒業が変わるのでしょうか?合格の合言葉「桜咲く」が「ひまわり咲く」になるのでしょうか?卒業と新しい門出は桜の花の下でという日本の風情は、国際化というグローバリゼーションによって桜吹雪の如く散っていきそうです。勿論、世界の中の一員である日本が日本独自にという考えは世界の潮流からすれば吹っ飛んでしまいそうですが何となく複雑です。春卒業して秋入学、その間は学校で学べない体験学習を実施して、大学卒業後は春の企業採用ではなく、通年採用。いろいろと意見は出ています。勿論、全て否定する気など毛頭ありませんが、日本の伝統的な風情が一変するのも寂しい気持ちがします。春に小学、中学、高校、大学の卒業、入学を挙行されてきたものにとっての戯言かもしれません。

では昔ながらの春入学のままだったら。今までどおりに桜の花が咲き始めると世の中が足早に動き出して、桜の下でお花見と新入社員の歓迎会。美しきよき日本の伝統を受け継いでいます。しかし世界にうって出ていくには時期はずれ、そして日本の大学や日本の企業に今まで通り入学、就職します。世界の潮流から取り残されてグローバル化できず、また超高齢化社会も加わって、日本自体の国際競争力が低下していきます。

双方とも個人的な意見を含めて極端なことを書きましたが、情報がネットで共有化されて一瞬のうちに世界を駆け巡る現代では、価値観が多様化し昔と違って日本だけで物事が完結できることってほとんどないと思います。日本は資源が少なく、知的財産で他国と競い合わなければいけないし、とはいっても農業は衰退傾向で、もし天候不良で世界的な食料難になれば日本はどうなるのか?地球の温暖化や今回の原発事故でのエネルギーの転換などあげればきりがありません。

秋入学、これからの日本が飛躍していく一手段でしょう。しかしその前に未来ある子供たちが日本人としての誇りをもち、将来に夢をもつことができるような社会を我々大人が作っていかなければなりません。そのためには日本の過去の歴史を含めて決してゆとりではないが詰め込みでもない教育や自分で考えて主張ができ責任を伴った行動がとれるようにするための自立心を育てていかなければいけないと思います。

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