教育格差

巷では〇〇格差という言葉が流行っていますが、今回は教育格差について論じたいと思います。まず教育格差と言えば、貧困で義務教育さえ十分に受ける事のできない国も多くあります。また日本国内に目を向けるとそこまでひどい事はありませんが、それでも家庭の経済状況によっては義務教育後の高等教育の機会を奪われている子供たちも実際には存在します。私は教育評論家でも教育学者でも政治家でもありませんので、この日本に蔓延る根本的な教育論を語るつもりは全くありません。では本日のお題は学校内での教育格差についてお話したいと思います。

毎年の恒例で春になると〇〇高校、東大合格○○人!と週刊誌やネットで騒がれます。そして世間の誤った情報に踊らされて、勘違いをした無知の親が「来年はうちの子も東大!」なんて束の間の夢を見ます。その後は学習塾や予備校の甘い勧誘の罠に嵌り大枚をはたいて中学受験や高校受験をして東大合格〇〇人という学校を目指します。かつての私も似通った行動を取りましたのでそれを責めるつもりは毛頭ありません。しかし入学した学校で一握りの特待生はほっておいても上位グループが定位置で6年後に今度はその高校の東大〇〇人合格という宣伝に一役買います。勿論、それが全てではありませんし、下位で入学しても頑張って上位に行く子供もいます。しかし全体的に見ればやはりできる子ができてできない子はできないという傾向に変わりはないように思われます。それでもこの少子化で学校が自然淘汰される厳しい時代には少しでも入学者の定員割れを防ぐことが学校経営に不可欠ですので客寄せパンダは必ず必要なのです。しかし入学者のうちほぼ7割は中下位のグループに属することになります。もしその子供たちが地元の学校に行っていれば上位層だったかもしれませんが、それは後の祭りです。うちの子も御多分に漏れずに下位グループで藻掻き続けた6年間でした。それ自体悪いとは全然思いません。親が仕組んだ中学受験でしたが、最後に行きたいと言ったのは本人ですし、頑張りが不足していたのも事実だからです。それ以上に寮生活を通してこれから社会に出ていく準備としての規律というかけがえのない経験もできましたので良い学生生活だったと思っています。しかし世間はただ「東大合格○○人」としか評価しませんし、学校もそれに追随せざるを得ません。

本当の学校の評価は学業成績だけではありません。百歩譲って成績の視点からみても「成績が中下位の子供を学校がどれだけ成績を伸ばしたか」の方が重要です。極論すれば、賢い子はほっといても東大に行きます。その真実は学校側もわかっているけれども、学校も理想と現実の狭間で悩んでいるのかもしれません。最後は自己責任の範囲で親が前面に出て行かなければならなくなり、子供との二人三脚で6年が経過しましたが、自分にとってはかけがえのない時間を子供と共有できました。そして日本のマスコミや教育界もそろそろ「東大合格〇〇人」から卒業すべきです。マスコミが毎日の東京の新規コロナ感染者数を馬鹿の一つ覚えで発表しているのと同じように見えるのは私だけでしょうか?

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ゴルゴ13とサザエさん

さいとう・たかを氏が2021年9月24日に膵臓癌で亡くなられました。あらためてご冥福をお祈り申し上げます。さいとうさんは言わずとも知れたゴルゴ13の生みの親です。私も学生時代から喫茶店にあった単行本をほとんど読みました。社会人になってからはあまり読まなくなりましたが、それでも本屋さんで漫画コーナーに単行本やビッグコミックが並べてあるとついつい手に取ってしまいます。内容は水戸黄門と同じなのですが、毎回その話題の背景を読むと現在の世界情勢の複雑性が新聞を読んだりニュースで見るよりもわかりやすく解説されているのにはいつも感心させられます。一方で日曜の夕方になるとサザエさん症候群になるサラリーマンもいます。私もご多分に漏れず開業してからある程度自分の時間に余裕が出てくると毎週日曜の夕方になると憂欝になることがしばしばありました。これもパブロフの犬と同じ現象でいつも同じ環境に置かれると同じ思考機能が働き憂鬱になります。慣れとは恐ろしいものです。

それでは少し話題を変えてなぜゴルゴ13とサザエさんはこのような長寿連載や長寿番組に成り得たのでしょうか?例えばその他に長寿番組では過去を紐解くと「8時だよ、全員集合」やクイズ番組があります。特にクイズ番組は司会者が変わればその後に続いても一区切りとなります。最近でいえば「科捜研」や「相棒」などもその域に達しているのかもしれませんが、いずれ最終回がやって来ます。それは主人公の交代や不在が大きいのです。一方で漫画など架空の人物であればゴルゴ13もサザエさんも永遠に歳をとりません。歳をとるのは声優のみで声優の交代は過去に何度もありました。原作者が亡くなられたら事実上終了するのかと昔は思っていましたが、そうでもなさそうです。結局、架空の人物は次世代の制作者に引き継がれて永遠の命を授かって生き続けるのです。もう一つ長寿連載には特徴があります。それは日常些細なことを題材にしていることです。ですから「フジ三太郎」や「あさって君」も長続きしたわけです。ゴルゴ13は国家間の紛争を背景にした複雑な人間関係の中での要人暗殺が永遠に繰り返されます。人類は戦いを好み相手より少しでも優位に立とうとする習性がありそれが永遠に続いていきます。「戦争のない世界」は理想の世界ですが、侵略や攻撃などが我が身に降りかかればいやおうなしに戦わなければならなくなります。結局、最後は「人類の欲望」にいきつくのかなとも思います。仮に武器による戦争が無くなったとしても、お金を使用して戦争と同じように相手を打ちのめすことは世界中を見渡せばきりがありません。

そのような人間の負の側面についてお話しましたが、長寿連載ものはこのようにごくありふれた人間の普段の生活や人間と人間の欲望のぶつかり合いを題材にして尚且つ現在の世界情勢を取り入れたフィクションが多く、それならば永遠に描き続けることができるのでしょう。読者は「同じ人間の行為に一番関心を持つ」のです。「ドラえもん」も長寿番組ですが、奇抜なアイデアを生み出すために原作者は大変苦労されているのかもしれません。

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今度こそは総理のリーダーシップに期待

今回の衆議院選挙で与党である自公政権が過半数を獲得して信任されました。一方で立憲民主党を主体として共産党が相乗りする形での候補者の一本化もある程度効果はありましたが、自公政権に睨みを利かせるほどの議席を確保することはできませんでした。以前の衆議院と参議院の与党勢力が異なる捻じれ国会では決められることも決められず、あの暗黒の時代だけは絶対に避けなければいけないと思っていました。また今回の選挙で日本維新の会が飛躍しましたので、自公とは別に是々非々で対決してもらいたいものです。現在は何といってもコロナ対策を中心とした社会経済の回復が優先されます。勿論、以前から言われていた年金制度など社会保障や財政健全化なども重要ですが、まずは目先の事から解決しないと日本はどうにもなりません。そのためには総理大臣がトップとして迅速に物事を進めなければなりません。

しかしどの国にも表の総理と裏の総理がいます。今回の岸田政権発足に関しても自民党の中での総裁選ではいろいろな候補者がいました。結局は数の力で現政権が誕生したわけですが、その背後には3Aと言われる方々の存在も見え隠れしていました。影のドンと言えば聞こえが悪いかもしれませんが、やはりしっかりと全体に睨みを利かせたまとめ役がいないとなかなかこの国難は乗り越えられません。その役割が総理大臣であることは自明の理ですが、実際に最適任者は過去の歴史を紐解いてみてもなかなか現れていないのも事実です。以前にもお話しましたが、「嘘はついていけない」が一方で「全て真実を話す正直者」では外交で国際社会を渡っていけません。同様にこの国難においても全てを曝け出してまで追求すべき事案と落としどころをどこかで見つけて手打ちにしなければならない事案も多々あります。個別案件に関してはそれぞれ当事者の方がいらっしゃいますので全て白黒と判断することは困難ですが、家族の無念が存在する事案に対しては誠心誠意対応すべきと考えます。そのような背景ではキングメーカーが存在すること自体は別に悪くないと思います。ただしそのキングメーカーが清廉潔白な人物なら文句ありませんが、そんなことはあり得ません。それならばこの国難を少しでも前に進めるために強いリーダーシップを岸田総理に託したい気持ちとそれが難しいならばキングメーカーによる強い推進力を必要とすることになるかもしれません。

長期政権が続くと腐敗を生みます。隣国を見ても多く見受けられます。外交では嘘を平気でつきます。そして他人に厳しく身内に甘く、学校教育では大人がしゃあしゃあと子供に「イジメはダメで噓つきは泥棒の始まり」と教えます。しかし大人の社会ではイジメも嘘も当然のこととしてまかり通ります。それでは本当はいけないのですが、一人で大きな声で叫んでも世の中を変えることなど当然できません。それでも大切なことは守り通さなければなりませんし、変えることは変えなければなりません。そのために今度こそ岸田内閣総理大臣には頑張ってもらわなければなりません。

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清き1票とは?

今年の春に次男が18歳になりましたので、今回の参議院補欠選挙と衆議院選挙の投票用紙が郵送されてきました。住民票は周南市にありますが、実質は佐賀市民のため今回の選挙については本人確認や投票などいろいろと制約がかかります。そして面倒なことは学校寮で対応すると次男は言っていましたが、本人は選挙をやる気満々です。大学受験の直前のため親からすれば「言っちゃあ悪いが、今の時期に選挙に受験生の貴重な時間を割かなくてもいいのに」というのが本音です。しかし決して選挙を軽んじているわけではありませんのでその点はご理解いただきたいと思います。

現在の選挙制度で18歳から選挙権を与えて少しでも未来を託す若者にもっと政治に参加さしてもらおうというのが趣旨であるのは理解できます。一方で今回の参議院補欠選挙でN党のへずまりゅう氏に6809票の投票がありました。選挙権の行使は国民の権利であると日本国憲法にも書かれていますので、誰に清き1票を入れようがそれをとやかく言う権利は誰にもありません。ですから今回の投票行動を責めるべきではありません。しかしそのような投票行動をとった人が山口県民に6800人もいたという事実の方が衝撃です。なぜ衝撃かといえば当選しないと思っていてもそれだけの人が現在の政治に不満を持っているのかもしれませんし、投票したい候補者がいなかったからなのかもしれません。とは言っても「その投票行動をダメだ」と言うのは簡単ですが、本当にそうなのでしょうか?「それなら最初から選挙年齢を18歳に引き下げる必要もなかった」と言う人もいますが、そのような意見もよくないと思います。政治家の汚職や問題行動などこの1年でもかなりの事案が新聞沙汰になりました。またこのコロナ禍での社会の閉塞感など数えればきりがありません。そして飲食業や観光業などあらゆる業種の方々も疲弊しきっています。そのような背景も一因になっているのかもしれませんが、そのような投票行動を起こさせる社会にも問題があると考えなければいけません。

今回の任期満了の衆議院選挙は自公の与党と立民を主体とした野党も統一候補を立て一本化して実施される選挙区が増えています。自公対野党という構図での二者選択の選挙になりますのでそれはそれで良いことなのですが、選挙権を持った方々の投票行動は今回の参議院補欠選挙のような少し危ういことが起こる可能性もあるわけです。そのためにもまず立候補者は君子でなくてもいいですが、嘘をついてほしくありません。そして市民の代表なのですから考え方に偏りはあってもかまいませんが、清廉潔白であってほしいと思います。皆が皆、同じ考え方なんてあり得ませんし、そうであったら日本はとても恐ろしい国家になってしまいます。このブログが出る頃には衆議院選挙の大勢もほぼ確定していると思います。与党が自公で継続しても現在の野党が少しでも踏ん張って睨みを利かせないと自公政権が暴走しかねません。そのためには健全な数のバランスも大切で、若者の正しい選挙権行使も必要なのです。

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新型コロナワクチン接種での現場の声

新型コロナワクチン接種も山口県はほぼ2回とも希望者にいき渡りました。日本全体を見ても2回接種済が7割に到達しています。このまま沈静化していけば良いのですが、デルタ株によりこの冬も予断を許しません。そして予防接種をした医師として各方面での声をいろいろと聞きましたので今回はそれを拾い上げてみたいと思います。

まず新型コロナワクチン接種を当院の患者さんは9割以上が2回接種済です。少数の患者さんは接種されていませんが、差別などは全くありません。打つか打たないかは個人の勝手なのでそれ以上でもそれ以下でもありません。接種すれば確実に感染する確率も減りますし、接種しなくても感染しなければ問題ありません。仮に感染したとしても接種してないことに関しては自己責任です。しかし接種したくてもできないような人には特に配慮が必要です。また現在は接種したくても接種の順番が回ってこない人はほぼ解消されていますが、接種希望者が全て終わればワクチン接種に関してはひと段落ですが、早速12月からは3回目のブースター接種が始まります。

では実際に接種する現場ではどうだったのでしょうか?国からの指示で自治体と医師会が主体となり接種場所や人員のやりくりなど現場担当としてはこの半年はかなりハードでした。時間的なハードさよりも調整や連絡などのやり取りによる精神面の方が大きかったです。行政と医療側の立場や更に地方と厚労省との考え方の相違により「全く国は地方末端の現場の考え方がわかってない」ということが多々ありました。まあ、そのような見解の相違はいつものことで慣れていますが、今回のワクチン接種に関しては全ての部署で一貫した考え方がありましたので割とスムーズにいきました。ただしお役所が考えだす突貫工事的な入力システムは不備が多く使えないことが多いのはいつものことでもう少し簡素なシステムの構築をお願いしたいものです。そして職域接種などいろいろな部署がワクチン接種に名乗りを上げましたが、結局接種する人は医療関係者しかいませんのでパイは限られています。早く一度に多く接種したいのはわかりますが、それこそ集団接種と個別接種と学生を含む職域接種などをいかに効率よく安全に遂行していくかについては、県が音頭をとってワクチン配分や人員や場所の確保などをすべきです。

最後に今回の接種で気になった点が二点あります。一つは接種会場の確保です。緊急性のある集団接種会場の確保は必須ですが、コンサートの事前の予約があり確保困難な事案がありました。天秤にかければ誰しもわかることですが、自治体には中止する強制力はないようです。二つ目は副反応の対処です。自治体と医師会が検討した接種会場の場合はしっかりと対処がなされていますが、都会などで業者に丸投げ委託された場合などは、スタッフの事前打ち合わせなどなく当日が初対面で且つ副反応対処の準備が不十分な事が多いと医師の掲示板に出ていました。そのあたりはお金の問題ではなく命に関わる問題ですのでこの二点に関してはしっかりと行政が強制力を行使して対処を望みます。

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