次男の運動会中3編

今年も昭和の日は晴天で次男の運動会を観るために佐賀まで行ってきました。昨年は長女が一度佐賀に行きたいとのことで近くの温泉ホテルに宿泊しましたが、今年は高速を使っての日帰りです。早朝の5時に出発すると一般道から高速道は空いてスムーズに流れますが、博多に降りるインターチェンジで混み始めます。しかしそれも大した渋滞でもなく制限速度を守っておよそ3時間半で到着です。新幹線と高速バスを使ってもほぼ同じ時間と費用で着きますが、体への負担は公共交通機関の方が遥かに楽です。しかし博多方面への新幹線の徳山始発で行くとどうしても到着時刻が午前9時を過ぎてしまいます。そうなると観客席のベストポジションが確保できません。自宅から道を挟んで目の前の小学校の運動会ばかり経験してきた者としては初めて運動会当日の早朝に学校の正門に並んで観客席の陣取り合戦に挑んだ親の気持ちが痛い程わかります。

運動会のプログラムではどこの中高一貫校も一緒なのですが、学年ごとに皆で参加する競技は徒競走と団体競技があるくらいです。あとは各クラスで代表を選んで障害物競争に出て選ばれし者がクラス対抗リレーに出場するくらいで皆さん暇を持て余しています。中には強者のお父さんはお天道様が空からPCの画面を覗いていることなど無視して仕事でしょうか?必死にキーボードを叩いている姿も見かけます。普通の人は暇を持て余すと予想通りにスマホをいじりだします。せめてこういう時くらい文明の利器は触らなければいいのにというのは余計なお節介でしょうか?ビデオやカメラを片手に運動場を子供たちより早く走って移動してベストポジションをキープしているお父さんの方がとても親近感を湧くのは私だけでしょうか?私も隣の一回り若いお父さんに負けじとビデオ片手に走り回りました。まだまだ気持ちだけでも若い者には負けていません。

さてうちの息子はというと少しは身長も伸びてかけっこから徒競走らしきスポーツ競技に昇進しました。以外にも足はそれなりに速い方でクラス対抗リレーにも出ていました。また周囲の友人とも和気あいあいと話している姿を見ると親としてはホッとします。何気なく観戦している運動会ですが、自分の子供が出ている運動会を観戦するのはどんなにつまらない競技であっても楽しいものです。そしてよそのお子さんでもリレーで必死に走っている姿を見るとついつい応援したくなります。それが運動会の良いところではないかと思います。高校2年を中心とした応援団合戦は見応えがありますが、2年後にはうちの息子の応援団姿も見たいものです。厳しい審査基準?があるようで実際に応援団になれるかどうかは不明です。本日の運動会も無事終えて来年以後の運動会観覧参加も残すところ2回となりました。子供は子供で学業、運動など頑張らなければいけません。親は親でこの10年いろいろなことを率先してやってきましたが、親としての楽しみもいよいよ最終コーナーに突入してゴールを目指します。隣に座って観戦している小学生連れの親子を見るとまだまだこれからも親子バトルを続ける事ができるかと思うと羨ましい限りです。

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「知的な老い方」言い換えて「よい歳のとり方」

外山滋比古氏の有名な著書に東大生が一番読んだという「思考の整理学」があり以前読みました。その著者の鋭く切れ味のある論説は面白くもあり東大生が好んで読むのも頷けました。それから5年は経過していると思いますが、たまたま書店で外山滋比古氏の著書で「知的な老い方」が並んでいましたので、何抜きなしに目に留まり前回の印象が良かったので購入して読みました。何でもそうですが、最初の印象が強すぎると次も過大な期待をしてしまいます。著書を読み進めていくと老い方についていろいろな切り口で「なるほど」と思うこともたくさんありましたが、今回は読んだ後に満足感というか充実感があまり残りませんでした。以前読んだ著書の評価が過大評価だったのか?または今回の著書が過小評価なのかはっきりしませんが、事実そのように感じたのです。ざっくりと言えば、老い方にもいろいろあって外山氏の考え方は肉体的な老いと精神的な老いは別物で工夫すれば老いてこそますます盛んに知的な事ができるという内容でした。その主張は全くその通りで否定しません。しかし読んだ後にあまり心に残らなかったのです。なぜそうなのかと考えたのですが、何となくわかったことがあります。それは自分もこの5年老いながらこれから先の20年をずっと考え続けてきましたし、いろいろな本も読みました。そして実際に経験したことも多くあります。それが思考の中で整理されて記憶として残ります。5年という歳月の経験値レベルが以前に「思考の整理学」を読んだ当時のレベルよりも上がっているために、昔よりも感激の閾値のハードルが高くなかったのではないかと思います。何も考えていなかったら読むもの全てが新鮮で感激をしますが、自分の中であれこれと思考を整理していくといろいろな著書を読んだ時に未知のキーワードのみが強烈な印象として残りその他はスーと頭に入ってきてスルーして抜けていく感じでしょうか?読み進めていくとふんふんと頷いて「そうだよな」と共感を覚えることが多かったのですが、一方で新たな発見はあまりなかったのだと解釈しました。つまり「私の思考もこの5年間でかなり成長していたのだ」と感じたのです。

ではここからが本番で「自分にとっての知的な老い方とは?」一体どういう風なものなのかをまとめてみたいと思います。「知的な老い方」とはいかにも難しく思えますが、簡単に「よい歳のとり方」と言い換えてみます。そうすると一気に「俺だったらこのような歳のとり方をしたい」なんてことがどんどん湧き出てきます。必ず肉体は衰えますから老いと肉体は反比例します。しかし精神は老いとは逆行して経験値を伴って老いと正比例していきます。もし老いと精神が比例しないのであれば歳をとってもずっと心は少年のままという童話の世界に入り込んでしまいます。勿論、認知症や脳梗塞などの病気は除外してあくまでも健全な場合に限ります。敢えてこの場では「知的な老い方」関する解答は書きませんが、具体的な処方箋はこの著書にたくさん出されています。しかし「自分の残りの人生で何をしたいか?」と考えれば誰にでもたくさんの正解が湧き出てくるはずです。

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微分と積分を人生で言えば

最近、高校数学の復習をしました。今回はその当時には見えなかった微分と積分に関してお話しようと思います。当時の微分と積分は大学受験では必ずと言ってよい程出題される超ヤマでした。問題作成者からすれば計算能力やグラフの図示などが主体で思考能力や発想よりも「高校3年間、数学を真面目に勉強してきましたか?」という受験生に対する問いかけのように思えてなりません。受験生の立場からすれば「将来、こんな計算自分にとって何のためになるの?」という疑問を持ちながらただ大学に合格するためだけに日々演習を積んだものでした。その時点で大学側と受験者の間に大きなギャップがあります。特に理系の場合、微分や積分は実生活に直結した重要な理論で更に専門的な知識を学び社会に貢献できることを大学入学後にわかるのですが、高校生にはまだわかるはずもありません。事実私も当時は理解できずに卒業してかなり経ってから社会生活の中で数学のロジック的な必要性、特に微分と積分の重要性に気がついた次第です。

今回50歳を過ぎて高校数学参考書シグマベストを購入して勉強しました。基本例題が中心です。昔はチャート式数学を愛用していましたが、まず昔の感覚を思い出すことが先決で流石にチャートに飛びついてもレベルが異次元の世界になります。まずはネットで検索すると独学で学校の基本例題に沿った参考書でシグマベストがヒットしました。なるほど噂通りにシグマベストは本当に基本に忠実でまず昔のおさらいをするにはベストでした。およそ1週間で微分と積分の基本的事項を網羅ができて当時の感覚が少しずつ戻って来ました。1か月で数ⅠAと数ⅡBを終了させて続けて黄色チャートの全ての例題を4月中旬に終了させました。微分と積分を今回再度勉強し直して速度の計算や面積の計算など実生活にどれ程役に立っているかを再認識しました。大学の頃から薄々は感じていましたが、この歳になってみるとその実用性のありがたさを実感できます。大学入試の問題作成者は多分我々と同年代若しくは下かもしれません。彼らも入試問題を通して受験生に大学卒業後も数学は世の中に立派に貢献していることを伝えたいのでしょう。

そこで最後に本題です。私が今回の微分と積分を勉強してx軸が年齢でy軸がその年齢での成果に見えたのです。日々経営者としての感覚がそう見えさせたのかもしれません。グラフは株価のように右肩上がりでもなければ乱高下もあり山あり谷あり。全く人生そのものです。その年齢での勢いが傾き即ち「瞬間風速」として微分で表現できます。また年齢を積み重ねていくこと即ちその個人の人生の評価は面積として積分で表現できるのではないかと気づいたのです。当時の18歳の自分にタイムマシンで戻って黒板で説明しても決して理解できないし思いもつかないでしょう。大学の数学専門の試験問題作成者はそこまで意図して作成しているのでしょうか?私と同年代の問題作成者も山あり谷ありの人生を歩んできた人ならそこまで意図して「この問題を撃破してうちの大学に来なさい」と言っているのかもしれません。スマホゲームのクリアよりもよほど含蓄があります。

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3月の初めに家族皆の時間を強引にこじ開けて家族写真を撮影しました。なぜそのようなことをしたのか?まず子供たちの成長の一コマ一コマは写真館で卒業や入学などの節目に撮影してアルバムにしてあります。そのアルバムが今となってはとても分厚くなり年輪を感じさせます。では「我々の写真は?」と振り返るとあまりありません。昔は撮影していましたが、子供の成長と共に自分たちは撮らなくなりました。また「自分の親の写真は?」と考えると更に見当たりません。旅行に行ったりした時の写真は存在しますが、正面からの凛々しい姿の写真はないのです。冗談にも両親の葬式写真くらいはまともな写真を飾りたいと以前から思っていましたのでそれも含めて皆の忙しい合間をぬっての全員集合写真と個別写真です。子供たちはそれぞれ東京や広島そして佐賀の寮にいましたので長期休暇ですら皆が一斉に揃うことは稀なのです。今回は年老いていく両親の後ろ姿を見るにつけ先送りにしてきた思いを今こそしておかなければそのタイミングを逸してしまうと感じましたので思い立ったが吉日でバタバタと予定を開けての写真撮影となった次第です。

前日までは雨が降っていましたが、朝からはお日様も顔を出して絶好の撮影日和です。撮影していただくプロの方には以前から子供たちの撮影でお世話になっています。今回は家族皆でしかも記念写真でもありますので自宅まで出張していただき撮影しました。スーツを着てシャキッと撮影するには暑いくらいの日差しです。1階の診療所の一角で撮影を開始して最後は野外での撮影で終了しました。この日のために長女と次男は昨夜帰省して本日の午後にまた東京や佐賀へとトンボ帰りです。撮影しながら思ったこと、それはこれから先の将来に至るにやはり節目には記録を残さなければ後世に振り返ってみても何も残らずに寂しい思いをします。記憶にも残りますが、詳細な記憶は年月がどんどん消しゴムで消して斑模様になっていきます。また「両親の1年先は?」と考えた時に「本当に実在しているのだろうか?」という危機感が今回の撮影の動機になったのだと思います。ときに年賀状で一張羅のスーツを着て家族写真を送ってくる友人がいます。以前は羨ましいと思ったことはありませんでしたが、子供の成長と共に家族写真を撮影すること自体が皆無になってくると撮ろうと思ったときに撮っておかないと嘘になるということです。「親孝行したい時に親はなし」と同意義でしょう。4月になって皆が今はバラバラですが、先日やっと立派な写真がアルバムと共に送られてきました。それを眺めながらやはり撮影しておいて良かったと思っています。

何年先かわかりませんが、節目にこの家族写真を見返した時にその当日の雨上がりの日差しの強かったあの瞬間のシャッター音を思い出すに違いありません。あの時に皆で無理をしてでも時間をこじ開けて良かったと。もしかしたらお葬式の時に遺影を見ながらまた思い出すかもしれません。そして親から子へそして孫へと受け継がれていく一瞬一瞬をフォトで残しておくことは素晴らしいことだときっと思うはずです。

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楊貴館

春本番で桜が満開の中3月最後の週に家族総出で1泊の温泉旅行に行ってきました。3年前に行ったことのある長門市油谷の楊貴館という温泉ホテルです。都会と違って値段はリーズナブルで海に面したホテルから眺める夕日は格別です。しかし過去に2回宿泊していますが、運悪く2回とも夕日を眺めることはできませんでした。今回は3月下旬から連続10間の晴天続きです。気象庁によると過去50年間の統計で桜の開花から満開そして散り始めまでの約2週間雨が降らなかったことはないそうです。今年は大雪から始まる異常気象続きでしたが、夏は酷暑になるのでしょうか?将来は満開の桜を眺めながらの卒業式にならないことを祈るばかりです。行く途中は中国縦貫高速道を長女が運転して行きましたのでビール片手とはいかずに自分の運転より更に緊張感が続きました。そして自然の山桜も見事に満開を迎えていました。今回は本当に家族旅行が最後になるかもしれませんので12日の短い旅程ですが、一瞬一瞬の景色が格段に異なって視界に飛び込んできます。夕日には程遠い午後3時過ぎにはホテルに到着しました。明日の昼まで何も考えずにただひたすら今という時間を楽しむためだけに油谷までやって来ました。今回の部屋は前回同様に家族7人が一部屋に入れる特別室を予約しておきましたので窓から眺める海も絶景です。今ここにいるという時間が貴重に感じられます。

まずビールを一気に飲み干してから早速温泉につかります。足の不自由な父を長男、次男が脇を抱えて温泉に一緒に入りました。そんな後ろ姿を眺めると本当に家族という絆の大切さが身に染みてきます。そして今回は予定通りに露店風呂から綺麗な夕日を眺めることができて大満足です。父親も自分と同じように感じているかと思いますが、若い時には忙しさや面倒くささにかまけて家族という大切な物を見失うことがよくあります。「失って初めてわかる」と人は言いますが、「失う前にわかること」の方が遥かにいいに決まっています。それを気づかせてくれた親や子供たちに感謝しています。子供たちはまだピンときていませんが、「旅立つときは祖父とはこれが最後かもしれないと思って挨拶して行きなさい」と訓示しています。夜は弟夫婦とも合流して11人の大所帯で夕食です。弟も近くに住んで会話もよくしていますが、所帯を持ってからは頻繁に交流することもなくこのように一緒に行動するなんて数年に1回あればよい方ではないでしょうか。そんな非日常的な空間と時間が流れるように過ぎていきます。流石に今日は酔っぱらえませんでしたが、1月からの疲れもたまっていたのでしょうか?早々と寝てしまいました。親子3世代そして弟家族と一緒に貴重な夜を過ごせました。

翌朝もゆっくりと朝風呂につかり、昼にはホテル直営の山奥にあるトトロの里という蕎麦屋に行きました。そこはスマホの電波も届かない人里離れた山中ですが、予想通り見事な自然の山桜が麓より遅れて今は我が世と咲き誇っていました。3年前も同じ頃にこの里に来ましたが、今回の満開の桜は当時とはまた違った趣の清々しさを感じました。

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