夏祭りと花火~過去の回想と未来への想い~

Blog2014.08.11-164-1今年も夏祭りがやってきました。今年の梅雨はエルニーニョで長引きそうだともっぱらの予想でしたが梅雨明けは平年通りでしたね。7月末は徳山で8月初旬の土曜は新南陽での祭りと恒例の永源山公園からの花火大会です。今年は台風の影響で風や雨で開催されるのかが微妙でした。ちょうど当日の西の東シナ海を台風が北上中ですがどうにか小雨の中でのお祭りです。そのため例年より更にむっとした暑い空気が一帯に立ち込めています。ブログを書き始めてから毎年のようにこの時期の恒例の話題ですが、以前のブログを読み返してみても年々微妙にニュアンスが変化してきています。行事は毎年変わらず催行されますが、自分が歳をとった分周囲も年齢を重ねています。一緒に花火を鑑賞する相手も親子5人から4人、そして今年は3人になってしまいました。いずれ数年後には2人になってしまいそうです。その時にはまた人数が元に戻るかもしれなしいし減ったままかもしれません。流れゆく時間を押し留めたい気持ちと自然に任せたいという気持ちが交錯した今年の小雨交じりの花火鑑賞でした。

毎年夕方もお日様の高いうちから子供たちを連れていつも行く馴染みの焼き鳥屋さんに行きます。これが毎年の恒例行事です。昔は子供たち3人を連れて行き焼き鳥とジュースを注文しました。そしてあらまし腹ごしらえが終わると子供たちはめいめいに夜店へと散らばっていきます。夜店とはいってもまだお日様が高いので昼店になってしまいますが。そのとき子供たちは友達と待ち合わせたりちょっと休憩で焼き鳥屋さんの前で休んだりします。そして私と言えばその頃にはビールと焼酎がかなり入って酔いもまわっています。一番下の子は夜店でゲームをするのが好きで数百円をねだってきます。普通は厳しく駄目と言う私ですが、このときばかりはそうも言えず「まあいっか」とお小遣いをあげることもよくありました。今年は一番下の子供と二人です。一番下といってももう小学5年になりました。焼き鳥屋さんのおばちゃんも毎年連れてくる子供たちを見ながら「来年は一緒に来られるかねえ」という会話をこの10年毎年してきました。おばちゃんからしても自分の孫と同じくらいの年齢の子供たちでずっとかわいがってもらってきました。しかし子供たちが成長するにつれて一人、一人と店に寄らなくなります。それはそれで子供の成長の証ですから当然のことですが、一方で親心からすれば嬉しくもあり寂しくもあります。そういうところは子離れできない親バカな一面もあるなあと最近とみに感じています。

Blog2014.08.11-164-2

夜は自宅のベランダから花火を鑑賞しました。数年前から「来年の花火はどういう風に眺めているのだろう」と毎年同じことを考えています。来年の光景はある程度予測はできるもののやっぱりその当日がやってこないとピンときません。今年の花火を眺めながらまた来年と過去の花火の光景を回想します。来年は長女も長男も傍にいて再び5人で一緒にいる光景が頭の中に浮かんでは消えていきます。それだけで十分に幸せなのだというありふれた未来を期待しながら夜空に舞って消えてゆく大輪に思いを寄せました。

カテゴリー: 日常のこと | コメントする

今どきの三者面談

先日、予備校の三者面談に行ってきました。やはり私たちの時代とは違います。自分が高校時代のときには自分で勝手に志望校を決めてあとは進路指導の先生と学級担任の先生とで1-2回程度雑談した程度でしょうか。親と一緒に高校の教室で三者面談をしたという記憶はありません。結局は自分の将来は自分で決めなさいというスタイルでした。勿論個々人によりまたその生徒の成績にもよって三者面談はあったかもしれません。小学校の通知表をもらうときの面談は遠い昔の自分の頃と現在を比較してもそう変わらないように思えます。我々の時代の大学入試の場合、昔の共通一次試験や二次試験そして私立大の試験は一次が合格すれば二次試験で逃げ切りもしくは一発逆転しかなく単純でした。昔も推薦入学はあったものの医学部に関しては皆無で実力勝負のみでした。ある意味単純かつ公平だったと思います。しかし現在の試験では学校推薦は当然ありますがそれに自己推薦が増えました。AO入試など当時の我々には想像を絶する多種類の試験が存在します。また私立大のセンター試験利用枠や従来からの一般入試枠など更に選択肢が増えています。ですからまず入試のしくみから理解しなければ当然お話になりません。そのために親は親で情報収集が必要です。

今回の長女の予備校での面談ですが、まずしっかりと基本を繰り返してこの夏休みが最大の山場であることが強調されました。現在の成績はまだ散々たるもので半年後にどこまで実力が伸びるかなど現時点では予想もできません。現時点で判定AやBなんてあるわけがありません。それならば当然浪人なんかしていません。それで今回の作戦会議です。作戦会議といっても本人の実力がついてきてないのでまだ仮の推測の話だけです。右肩上がりの伸びを期待しますが、受験の場合は直線ではなく今はなだらかでも秋以降急峻に上がる曲線もかなりみられます。しかしそのためには基礎力がしっかりしてないと伸びるものも伸びません。当たり前のことですが。話を聞いて帰ってきてから正規合格や補欠合格がどういうしくみになっているのかをネットで調べました。そしたらあるある!昔なら情報がないのでひたすら二次試験まで受けても最終合格発表に名前が掲載されなかったらあきらめますが、もしや補欠合格という一縷の望みを託しながら予備校準備を始めながら自宅でひたすら吉報を電話の前で待っていたものです。しかし今ではネットという回覧板のおかげでリアルタイム補欠合格の掲示板に「今○○番までまわっています」とか「私の補欠番号までまわってくるでしょうか?」などと実況生中継で3月下旬までギリギリの攻防を繰り広げているようです。さすがネット社会!とある意味感心してしまいました。

まだあと数回三者面談が冬までに予定されていますが今回はまだ序の口です。あと半年先の実力次第ではいろいろと話も変わってくることに期待しています。4か月ぶりの娘の元気な姿を見て腹いっぱい昼ごはんを食べさせたくてネットで近くの美味しい焼肉屋さんを探して3人で食べてきました。これからも親としてエールをふってやりたいと思います。

カテゴリー: 日常のこと | コメントする

留学って行く前の準備が大変?

先日海外へ旅立っていった長男ですが、行く前の準備が結構大変でした。といっても忙しいのは母親であって父親ではありません。特に行く1週間前から傍から見ていて何かと気忙しく感じました。まずビザですが、これは前々から学校から指示されていたので取得はあまりせかされなかったようです。7月に入って持っていく予定のノートPCが壊れてしまいエディオンにもって行きメーカーに修理依頼したところ出発日に間に合わない可能性があり、PCの郵送が可能かどうかをあたふたと調べる始末。数年前まではリチウム電池が入っているものはアウトでした。最近の規制緩和でノートPCも手軽に4000円程度の5日で着くとのことで一安心。結局メーカーさんの粋なはからいで出発に間に合いましたが、事前に「海外に行きますのでなんとかしてください」とかなり無理をお願いした後利益だと思っています。ただその間、海外に小包を郵送する場合はX線透視でひっかからないようにと送るものは事細かに申告することやリチウム電池でもノートPCに組み込まれている場合はOKでも装着されてない場合はアウトなど調べれば調べるほど疑問がどんどんと湧いてきました。スーツケースも23kgが上限でかなり厳しくそれを超えると中身を抜かなければならないこともあるとのことでスーツケースを持って体重計にのりました。それなら肥満者は内臓脂肪を飛行カウンターの前で削ぎ落とさなければならないといけないということでしょうか?それならば飛行カウンターの前でダイエット機器を並べなければならなくなりとても大変なことになるでしょう。また最近一部の航空会社が体重で航空運賃を決定するといった取り組みもあながち笑ってはいられない状況です。ノートPCでもデジカメでも最近は端末のコンセントプラグさえ合わせればなんなく海外でも充電できます。特に250Vまでで四角い電圧変換機がついていれば全く問題ありません。しかし盲点が一つありました。これもネットで調べて判明したのですが、PCなどに繋げる四角い変圧器に更に取り外しのできるコードがありそれをコンセントにさしますよね。以前から疑問だったのですがわかりますか?PCから四角い変圧器までは既製品でいいのですが、そこから先のコードは120Vまでの日本使用のため海外の250Vには対応してないのです。「なるほど」とはたと膝を打った瞬間でした。取説を読んでもそこまではなかなか理解できません。

幾度も海外旅行をしていますが、短期間ならそこまで考えずに無知でも行って無事に帰ってきます。しかし長期滞在となると向こうでの予防接種は何か必要あるのか?とかケータイは国際通話が可能なのか?可能でもかけたら値段は高いのか?などといろいろと不安が湧いてきます。勿論、向こうでは寮に入って食事もついて学校にもスクールバスがあるとわかっていてもやはり自分のこと以上に心配になるものです。これもやっと親になってわかってくることです。それを傍で見ていた自分の両親が「ほら、やっとわかっただろう。どれだけお前も親に心配かけてきたことか」と言わんばかりに今の自分に冷ややかな視線をあびせられているような妄想にかられています。

カテゴリー: 日常のこと | コメントする

自らの反抗期を回想する

反抗期は必ずあるとはいいませんが、多かれ少なかれあると思います。その当時の本人が自分の行動を反抗期と認識していたか若しくは大人になって親となり自分の子供が同じ道をたどった時に初めて、自分の当時の行動が反抗期であったと認識することが大半だと思います。そこまで思い返してみても反抗期という言葉が自分の脳裏にかすめない場合にはそれが当時と現在の自分にとって本当に幸せだったのかどうかは今になって疑問に感じます。先日ちょっとした会話で自分の反抗期を話した時に、過去にあまり大袈裟な反抗期を経験していないと自負している自分に対して、相手から「やっぱりそうだったのね。うちの子供も同じようなタイプだったのでよくわかるわ」と言われて少し複雑な気持ちになりました。現在の我が子の反抗期をみながら自分のおぼろげな反抗期と比較して「あれが反抗期だったのかなあ?」くらいしか思い出せません。昔から自分で何でも経験しなければ身に染みてわからないとよく言われますが、ホントその通りだと思います。我が子の反抗期に関してもその態度に「クソ腹が立つ」という表現がしっくりときますが、それを通って乗り越えていくことが大人への成長過程で大切なのかなあと50歳にして今一度考えさせられました。そして初めて40年前の我が身を思い出し当時を反省することになるのでしょう。決してその当時が今の世に戻ってくるわけではありませんが、当時に自分の親も同じことを考えていたのかなあと回想するわけです。

今は年老いた両親ですが、昔は私の祖父母が足腰の痛み訴えていたのを「ふうん」と聞き流していた感が私の記憶にはあります。冬になるとオーバーを羽織るのですが、それを羽織った時に「このオーバーが重くてかなわん」と言っていたのが昨日のように思い出されます。当時の親や自分が「なんのこっちゃ?」と思うような会話ですが、今になって初めて年寄の気持ちがわかると両親は言います。自分もしかり。いかに医療に携わって高齢者を診ていてもその本当に老いによるさまざまな苦しみは高齢者でない自分にはわからないのではないかと思っています。そんなことはないよと反論も聞こえてきそうですが、敢えて言えばそれはわかったつもりであって、自己の経験からくる腑に落ちた感覚とは異なるものだと確信しています。当時はなぜか理解できなかったことが、何十年もたってからふと「あのときのあれね!」というのが腑に落ちる瞬間なのですが、その身をもって経験した感覚からくる言葉ってとても重みを感じます。逆に言えば経験もしてないのに「その気持ちよくわかります」なんてテレビのインタビューでよく聞かれるフレーズですが「ほんとか?このやろー」って思ってしまう自分はひねくれ者でしょうか?

この7月から半年間ニュージーランドに短期留学に行ってしまった我が長男ですが、彼の反抗期をみながら我が身を振り返るいい機会になりました。子供の成長が親も一緒に成長させてくれるんだなあと感慨深げに息子の背中を見送りました。年末には帰国する予定ですが、その時には更に成長した姿を見たいと切に願っています。

カテゴリー: 日常のこと | タグ: | コメントする

集団的自衛権について考える

2016年7月1日、日本の防衛政策は戦後最大の転換期を迎えましたとテレビや新聞で大々的に報道されています。世論調査でも賛成反対が26%と真二つにわれていますが、それ以上に41%の国民がどちらがよいかわからないと答えています。これが大きな問題です。現在の世界を取り巻く不安定な情勢で特に周辺国の横暴から身を守るためにはしっかりとした対策をしておかなければいざという時に困ったことになるというのが与党と政府の言い分でその点は十分にわかります。どんなに災害準備や訓練をしていてもいざ災害が起こったらなかなか思うように事は運びません。ルールを決めていなかったら更に後手後手になるでしょう。一方で集団的自衛権は保持するものの行使できないというわけのわからない解釈で歴代政権が場当たり的な対応を取ってきたのも事実です。それが過去に国連平和維持活動のPKOであったり、イラク戦争での後方支援の給油や機雷除去に対して国会でもめて場当たり的な解釈で政府が対応したつけがまわってきたのだと思います。まだ国民的議論が十分にされてないし周知もされてないという意見も多く、それが世論調査のわからないという意見の数値に表れているわけです。

では私たちはどうすればいいのか?特に世論調査でどちらともいえないという方は賛成か反対かをはっきり表明できるように日本のために勉強しなければなりません。それを面倒くさいと言っているとあなたの知らない間に本当に日本は変えられてしまいますよ。最近決まった秘密保護法や将来に向けての憲法9条改正など本当に必要なら国会でしっかり議論して国民投票で白黒つければいいのです。そのような議論をしないで決められたら国民は怒ればいいし、参加しないで後で文句を言ってはいけないと思います。有権者が1億人近くいれば必ず賛成反対に分かれるのは仕方ないことで、どこかで決めるときは決めるという決断もリーダーには必要です。第一次安倍政権では潰瘍性大腸炎という難病をかかえていたという理由はあるものの結果的に政権投げ出しなどと世論では相当なバッシングをされました。普通の一般社会や特に国家公務員の官僚出世コースの場合などでは一度ミスをすると将来の夢は断たれることも多くあります。総理大臣でも同じで一度身を引いたら後は隠居しかないのですが、安倍総理の場合は再チャレンジされたことに意義があると思っています。同じ轍を踏まぬようにプレッシャーの中での再チャレンジャーだからこそ今回の集団的自衛権の解釈変更の閣議決定にまで踏みこんだのではないでしょうか。

いつも私が思っていること。それは民主主義では多数決で決まることには異論はありませんが、決まっても少数意見も無視をせずに尊重しながら事を慎重に運ばなければなりません。選挙の棄権も一つの権利かもしれませんが、その棄権が一番危険だと思います。何かを考え行動し変えなければならないと国民が思えば微力でも力を合わせればかつてのように山は動きます。今回の集団的自衛権行使容認でもっと日本について国民皆が考える機会を与えてくれた現政権に賛成であれ反対であれ、我々は答を出さなければなりません。

今年も梅雨の中、広島の体育館を借りて無事終了した中学の運動会の一コマです。未来の子供たちのためにも私たちがしっかりと考え行動しなければなりません。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

カテゴリー: 日常のこと | コメントする