新型コロナワクチン5歳から11歳の集団接種開始

昨年夏は中学生の新型コロナワクチンの集団接種を周南市文化会館や競艇場で実施しましたが、今年に入って小児の感染者の急増に伴い予想通り5歳以上のワクチン接種の話題が出始めると行政と医師会を中心とした委員会を設置して個別接種と集団接種をどのように組み合わせるかなどを協議しました。しかしいつものように厚労省からは準備を進めるようにお達しはあるものの具体的にいつどれくらいのワクチン量が入荷するかなどは連絡がありません。そのような状況にもう慣れましたが、こちらもある程度の目途を厚労省が具体的に提示するまでは事を進めないようにしています。なぜなら昨年春のワクチン入荷不足で地方自治体と医師会はかなり混乱をしてせっかく決めた工程も変更を余儀なくされたからです。今回も2月中旬にやっと3月末までの周南市への小児ワクチンの入荷量が決定した後に検討委員会が動き始めました。今回の接種は前回の中学生以上の集団接種と異なり年齢が低いために小児科医がワクチン接種をして小児科医以外が問診をとるようになることとワクチン1アンプルに10人分が入っているために効率よく接種しないと破棄が増えてしまうことでした。通常なら小児の場合は小児科での個別接種が良いのですが、それぞれの立場からの理由により集団接種もありというのが医師会側の考えでした。そのために今回は行政と医師会と小児科医会とで折衝を重ねました。他の地域では最初から個別接種のみ実施する自治体も多くあり、個別のみか集団接種を一部導入するかが今回の焦点でした。幸い当地では集団接種も個別接種も行政とタッグを組んでうまく事を運んできましたので、最初の導入では集団接種を先行させ効率化をはかり、その後に小児科中心の個別接種に移行するという方針に決定しました。ただ5歳から11歳の小児がどれくらい接種を希望するかがわからず、事前にサンプルアンケートを取りましたが全くの予測不能です。厚労省の専門部会でも5歳から11歳は接種の努力義務を外しました。また小児に積極的に接種したいという保護者の希望も事前の調査では中学生の時よりもかなり低い割合になっていました。よって実際に蓋を開けて予約開始してみないとどれくらいの保護者が希望されるかは全くわかりません。

新型コロナ新規感染者数は減少するものの鈍化傾向が続く2月が終わり3月の予約開始となりました。マスコミの連日のウクライナ侵攻と東京の新規感染者数の報道で小児の新型コロナワクチン接種の話題はかき消されてしまいましたが、予約の入りは予想以上で3月下旬に1500人分の予約枠が早々に埋まったという連絡が行政から来ました。自分の子供に接種することに対する副反応の不安以上に新型コロナ罹患の心配があったのでしょう。

3月の春分の日と4月初めの日曜日に合計2回の第1回目の新規ワクチン接種が周南市のキリンビバレッジで行われ私も予診、診察部隊で出動しました。春分の日の桜はまだ蕾の状態でしたが、4月初めは満開でその写真を掲載しておきます。春爛漫での第1回目の5歳から11歳の新型コロナワクチン集団接種を無事に終えることができて安堵しています。

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被害妄想

自分は健常者と思っていますが、年に数回程度極度な精神状態に陥ることがあります。仕事や人間関係そして身内の事など予想もしなかったでき事が突然起こると呼吸や心臓の鼓動は極端に大きくなって一瞬の間だけ時間が止まってしまいます。そして夏でもないのに喉がカラカラになります。体中の神経細胞が脳からの指令により戦闘モードに突入してアドレナリンがガンガン放出状態です。少し遅れて脳がフル稼働をして現在の状況整理と今後に起こりうる色々な可能性を考え始めます。それから色々な仮定を想定して「もしこう起こったらどう対処する?」と考え精神的に追い詰められていきます。頭の中は最悪を仮定した状況が出ては消えて、その事象がグルグルと繰り返し続けます。あたかもハムスターが回転車を走っているようで決して結論は出ません。そのような精神状態に追い詰められると「自分が少し変になって狂っているのではないか?」とか、まだ起こってもいない未来の敵から攻撃されるかの如く被害妄想に陥ってしまいます。そのような精神状態が1日中続きます。一晩寝て翌朝起きた時にはスッキリ忘れて気持ち良い朝の事も多いのですが、年に数回程度は翌日も尾を引いて数日間は嫌な気分が続くこともあります。結果的にはそのような最悪の状況に実際に追い込まれることはないのですが、「もし追い込まれたら?」という不安が自分の中で先頭をきって走っていますのでなかなか抜け出すことができません。抜け出せるのはおよそ1週間くらいでしょうか。その後は被害妄想もなくなり通常の精神状態に戻ります。以前、ある本に「不安の9割は幻想に過ぎない」と書かれていて、私にとっては不安時の格言なのですが、「必ず今回も9割の方だ」と自身に繰り返し言い聞かせます。しかし言い聞かせているうちはまだドツボから抜け出せません。

今回久しぶりにそのような自身の不安の極限状態に追い込まれました。他人から見れば極限状態の内容を聞いても「そんなこと、全然大したことない」と一蹴されてしまうことがほとんどです。そんな事は自分だって喉元過ぎればわかっています。しかしその瞬間は誰しもその不安から逃れることはできないのです。「翌日には落ち着くかな?」と淡い期待もありますが、今回も年に一度の大波のようです。心はそぞろでも体は元気で、心の内を読まれないようにしながら平然と仕事をこなします。こういう時はなるべく毎日のルーチンワークを維持し続けることが乗り切るコツだと思います。変に行動を変えようものならその変化がまた脳を刺激して活性化します。なるべく穏やかに穏便に荒波を乗り切るという感じでしょうか。

今回の荒波から1週間が経過してやっと自分の中ではけりをつけましたが、実際にこれから先は「神のみぞ知る」といったところです。「運命には逆らえない」という風に自分の中で割り切ることができれば、大きなハードルを乗り越えて先に薄ら光が見え始めてくるのです。今回の大波も1年後に思い出してみれば、全然大したことでないと薄々自分の中で気づき始めていますが、正常な回復にはもう少し時間が必要です。

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今年の桜も格別な気持ちで観ながら

また桜の季節がやって来ました。3年前の桜を見たのが最後で翌年からの桜もこの時期に同じように咲き誇っているのですが、記憶が定かではありません。多分、その当時は来年の桜はきっと今年以上に感無量に咲き誇るに違いないと思いながら一昨年、昨年と鑑賞していたのかもしれません。そして今年の桜も昨年同様に来年こそは晴れやかな気持ちで花見をしたいと思いながら眺めているのです。そして来年の今頃、今現在観ている桜の記憶が定かではないのでしょう。結局、新型コロナが落ち着くまでの桜の季節は同じような繰り返しになるのではないかと思います。同じようなことが40年前にもあったような記憶がします。丁度40年前の桜が咲く頃に上京して右も左もわからない新宿で桜を眺めていたはずですが、全くと言っていいほど記憶が抜けています。3年前に母校の大学の桜並木の下で長男の入学式に参列した時の散りゆく桜は決して忘れることが生涯ありませんが、当時の自分の入学式に咲き誇る桜は全く記憶にないのです。

それはなぜなのでしょうか?その記憶にない当時は相当なアドレナリンが自身の体内で分泌されて交感神経が活性化された状態だったからなのかもしれません。交感神経が活性化されると生き物は戦闘モードに突入して身に降りかかることを払いのけるために必要最小限の情報しか入力できなくなり、その他のどうでもよい情報はスルーされます。戦闘モード中では咲き誇る桜などはどうでもよい情報であると脳は見なすのでしょう。一方で命に関わるかもしれない情報は事細かに脳で処理されます。では副交感神経が活性化されたリラクゼーションされた時はどうなのでしょうか?例えば温泉に浸かりながら露天風呂から散りゆく桜を観たなら一生涯忘れえぬ記憶となるはずです。実際に20年前に今は亡き父と鹿児島の霧島連山へ旅行した時に露天風呂から眺めてまだ咲いてない桜を眺めた記憶は今でも鮮明に残っています。次に来るときは必ずや散りゆく桜を眺めようと誓いましたが夢は叶いませんでした。また学生時代には2月には後期試験があり3月は再試験などに追われてどうにかギリギリで進級してほっとした時にはいつの間にか桜は散ってほとんど桜の記憶はありません。

では今年の咲き誇る桜の記憶はどうなるのでしょうか?ここまで自身の事を詳細に分析できていますので今年の桜の記憶が将来に残ると読者の皆さんはお考えになるかもしれませんが、答えは否です。まだまだコロナ騒動からは脱出できずに5歳から11歳の集団接種に奔走して、次男の浪人生活突入などもあり気忙しい3月でした。そして4月からもまだまだそのドタバタ劇は続きそうですので結局はアドレナリン放出状態のまま維持されそうです。そのため来年の今頃に今現在の記憶を辿ってみても定かではないような気がしてなりません。コロナ騒動が終結し子供たちの行く末の方向性が決まれば少しは戦闘モードから解放されて咲き誇る桜の記憶も蘇るのではないかと思います。いつになれば記憶定着モードになるかは現時点で定かではありませんが、早く来てほしいものです。

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記憶と想い出はお金よりも貴重な財産

先日ネットを見ていると前澤氏が「お金の無い世の中を作りたい」と語っていました。お金を配ってお金を使って宇宙旅行をしてふるさと納税でもいろいろな場面でお金にまつわる話題で登場する日本でも有名な実業家です。前澤氏とお金は切っても切れない関係であるにも関わらずに相反することを言われています。薄っぺらに見れば「何を馬鹿な」で一蹴されそうですが、ISSに搭乗した前澤氏が言われると妙に期待感が高まります。以前からよく言われていますが、お金とは個人、会社そして国まで全ての地球上のありとあらゆる物の価値を数字で表現したものと言われます。つまり言語が異なり宗教が異なり考え方や生き方が異なる場合、その共通言語がお金でありその大小によってお互いの価値観を共有するものなのです。また「地球上が全てダイヤで覆いつくされていたら一すくいの土で人類は血を流すであろう」という名言もあります。前澤氏がどんな人物かはマスメディアを通じてしか知りませんのでそれ以上の事は何とも言えません。以前までは一見「金の亡者」という印象が強かったのですが、今回の発言でかなり前澤氏への見方が変わったのも事実です。なかなか「お金の無い世の中を作りたい」とは言えません。仮に同じ事を言ったとしても大金持ちが言わなければ説得力もありません。多分前澤氏はそこまで見越して発言されたのでしょう。

そこでお金の重要性はちょっと横に置いて「記憶と想い出はお金では買えない」といことに言及してみます。勿論、楽しい事や苦しい事そして貴重な経験など全てその背景にはお金が存在しています。ですから行為そのものが成立すること自体にお金が関与していることは事実です。しかしその行為をしたことによる経験値が記憶や想い出になるのであってその記憶や想い出をお金で買うことはできないのです。少し禅問答のようになって恐縮ですが、お金を使用して行為や物という対価を得ること自体を否定してしまうとその先が無くなります。その結果としての経験値は貴重でその経験値はお金では図ることは不可能なのです。その経験値というものは人それぞれ異なりそれに数字で優劣をつける必要性はなく、それぞれの持つ大切なものです。ですから他人から見れば「あんなお金の使い方をして道楽そのもの極まりない」と思われてもその個人にしてみれば記憶と想い出となり貴重なものなのです。人それぞれの価値観の違いを論じても意味がありません。一方でそれでも人間とは卑しい生き物ですので「隣の芝生は青く見える」のです。そのために数値化して標準値を決めようとしてしまうのです。「そんな世の中から逃げ出したい」と前澤氏が思っているのかどうかはわかりませんが、私には何となくそのように聞こえます。

3月2日に次男は高校を卒業式しました。中学生から親元を離れて寮に入れてお金も結構使いましたが、お金より大切な貴重な経験を多感な青春時代に送れたと思っています。それこそ記憶と想い出はお金よりも貴重な財産なのです。現在は浪人生という肩身の狭い身分ですが、将来振り返ってみればお金には代えられない貴重な経験になるはずです。

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予備校選び

先週は卒業式のお話をしましたが、浪人生活を送ることになった次男は予備校に通うことになりました。今でも一部に宅浪という言葉は存在しますが、ほんの一部に過ぎず大多数の浪人生は予備校に通うことになります。予備校は高校と異なり希望の大学の入試に合格することだけを目的としていますので当然のことながら受験科目のみしかしません。次男の場合は私立理系を目指していますので英数理の3教科しか必要ありません。理科は物理と化学を選択しましたのでその科目を中心として結局4科目のみを約1年間勉強することになります。そのため予備校選びも必然的にその特性を生かした選択となります。予備校は大手から中小まで含めれば数多くありますが、大都市に集中しています。周南市にも予備校はありますが、流石に大手予備校はありません。現在はネットで大手予備校の授業もオンラインで受講可能ですが、できれば対面で受講したいというのが受験生の本音でしょう。次男の場合は佐賀の高校にいましたので、浪人したら博多の予備校の可能性もありましたが、その場合は再び寮生活になります。今回は寮生活に関して全く考えていませんでしたので、流石に毎日博多までの新幹線通学は物理的にデメリットの方が大きく地元か広島しか考えていませんでした。そうすると地元か小郡か広島かに絞られます。広島なら長男や長女が通学していましたので一番地の利があります。そのため候補としては広島が選択肢の第一番でした。そして浪人がほぼ決まりかけた年明けからネットで予備校を調べていました。

2月に入って自宅に帰省した次男の浪人が事実上決定しましたので早速、2月中旬に予備校の説明会に次男と一緒に参加しました。予め予備校についてはネットで調べていましたので説明会は行く可能性の高い予備校に絞って参加しました。長男、長女も同じように予備校に通いましたので一長一短はかなりわかっています。いくら説明会で良い事案を並べられても本人が第一志望に合格できなければ意味がありません。その過去の苦い思いは今でも忘れることができません。ですからこちらのニーズに合うかどうかが重要であって、予備校の東大合格〇〇人や医学部合格〇〇人という言葉には全く踊らされることはありませんでした。よって説明会の最後にある個別相談では聞きたいことを箇条書きにしてその疑問点のみ質問して担当者が明確な回答ができるかどうかだけが評価の対象でした。予備校側もそれはお見通しで最初の質問に答える担当者は予備校の受験指導担当者でもエースを送ってきます。実際にその予備校に通っても決して次男のチューターにはならない人物です。例えて言えばかの有名な林修先生の授業を生で希望しても実際はビデオでしか聴講できないのと一緒です。そこまで織り込み済みで説明会に参加しましたので疑問点のみ解決できればそれで良かったのです。説明会を終えて想定通りの答えを頂きましたので、早速その夜にネットからその予備校の入学手続きを次男にさせました。はっきり言って勉強は本人が頑張らなければ本願成就できないのは当然で予備校はその手段に過ぎません。

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