今年は晴れた長女の学園祭

昨年は関東地方に台風接近で朝から大雨の長女の学園祭でした。簡易のレインコートをかぶっても学校に到着する前にズボンの膝下はすでにびしょ濡れでした。そんな中で学園祭を観て周りましたが思うように見ることができずに長女の寮も観に行く予定でしたが、急遽中止となり満足な一日ではありませんでしたので、1回きりと思って昨年行った学園祭でしたが、来年もう一度と思って早一年です。もう長女も3年になり中堅となりました。昨年は屋台の実働部隊でしたが、今年は屋台の仕事はありません。そこで今年は学校内の案内と寮の見学です。今回は朝から秋晴れで絶好の行楽日和です。寮の前で待ち合わせは昼前ですが、前日は学校も休みで深夜まで友人と遊びまくったみたいでかなり朝からお疲れモードです。こちらはこちらで前日は長男の予備校の面談を終えて渋谷で夕食をとり久しぶりに都会の夜を満喫しました。こちらは年齢からややお疲れモードになるかなと思いましたが、意外に元気で早朝から目が覚めてソワソワしています。

最初に向かったのが寮ですが、駅から坂道をタクシーで上ること約15分です。初めて景色をキョロキョロとしながらの道はかなり遠く感じられます。寮の前で下車すると、多分この寮に来るのは今日が最初で最後でしょう。しっかりと記憶に留めておかなければなりません。長女の寮の部屋を見てから今度はバスで学校まで向かいます。学校に到着すると長女に連れられて校舎巡りです。学園祭を見るのも勿論楽しいのですが、それ以上に学校案内を楽しみにやって来ました。やはり我が子がどういう教室で授業を受けているのかといったことの方がとても気になります。教室の中までは入れませんが、その雰囲気からふと30年前の自分の姿とだぶらせてしまいます。時も場所も全く異なるのに目の前には若かりし自分が立っています。幻想ですが、過去と現実が入り乱れます。いくら年月が経過しようとも青春の日々の記憶は色褪せていません。

それから学校のメイン通りに並ぶクラブ単位の屋台で食べ物を買って長女とその友人にも渡します。その売り上げが本日夕方からの打ち上げの飲み会の資金に回りますのでほとんど寄付行為になりますが、それでも若者の活気に満ちた雰囲気の中にいるだけでこちらまで元気をもらえます。昨夜の予備校の進路相談やその前からの積もる不安などいろいろな事が頭の中で渦を巻いていましたが、それもこの秋晴れの中で若いエネルギーをもらうとまた明日からがんばろうと思えます。ほんの3時間あまりの学校見学でしたが、とても有意義な時間をかみさんと長女で共有できてよかったと思います。これで長女の学園祭にはもう行かないと思いますが、来年もまた来ているかもしれません。

ところで長男はというと昨日は一緒に夕食を食べましたが、今日は朝から全国模試を受けています。本日でメジャーな全国模試は終了していよいよ本番の試験までおよそ100日となります。来年の学園祭は長男の学校の学園祭を観に行くことができれば言うことはありませんが、そればかりは神様しか知りません。

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正しい医療と知識を伝えていくには

最近、高齢者の患者さんがよく「昔より身長が縮んだ」と言われます。昭和の時代にも同様の事はあったはずですが、人生100年を迎えようとする平成の時代に高齢者が増えたことで以前は小さかった声が大きくなっただけのことです。声が大きくなれば医療人もその声に真摯に向き合わなければなりません。以前なら「目が薄くなったので気のせいでは?」などとはぐらかすこともできたのですが、現在ではいい加減なことも言えません。昔なら骨粗鬆症という医学用語もそんなに使用されませんでしたが、現在は健診でもテレビでも頻繁に登場します。ですから少しでも検査値が高齢者の平均値から外れてしまうと骨粗鬆という病名がついてしまいます。すると骨粗鬆症の薬を処方しなければなりません。薬を処方することは医療としてまちがっているとは思いません。しかし高齢で人生の終末の人が骨粗鬆なんて当たり前なのです。ですから治療しなければいけない骨粗鬆症としなくてよい骨粗鬆症があると個人的には思っています。全ての骨粗鬆症に薬が必要とは限りません。ではどういう場合に必要なのか?第一に高齢者でも元気で社会生活を全うできる人は必要でまた過去に脊椎の圧迫骨折をしている方は今後の予防として必要です。逆に老衰や癌の末期などには不要でしょう。優先順位としてまだこれから骨粗鬆症により生活が制限され更なる医療が必要になる場合には予防的に薬が必要なのです。予防よりも現在進行形の治療が優先される場合は優先順位の低い治療は不要な事も多いのですが、その線引きは非常に難しく一医療人としてはなかなかできません。ですからどうしても最終的には本人の意思が重要になります。

次に循環器内科的治療で急性心筋梗塞の際に心臓血管カテーテルという緊急手術があり1980年代に始まりましたが、当初は80歳を過ぎたら施行しませんでした。それは当時の平均余命や手術による合併症などを考慮してのことです。しかし医療の進歩と元気な高齢者が増えて人生100年を迎えるに至った現在では、元気で日常生活に支障をきたしていなければ100歳でも本人や家族の希望があれば治療として行うこともあります。医療人としては目の前に死にかけた患者さんがいれば助けます。当たり前のことです。別に医療人は厚生労働大臣でも財務大臣でもないので医療にかかるお金のことは関係なのです。一方で医療費は今後も高齢化社会が一段落する30年先までは上がり続けます。若い人に振り分けるお金が減れば更に医療に充てるお金が減って悪循環になります。私が総理大臣になってもこの問題を解決できませんが、今自分にできる事といえば正しい医療をすることは当然の事ですが、それ以上に高齢者、そして私たち世代の高齢者予備軍に正しい知識を教えることです。例えば煙草は人間の嗜好品として歴史があり早々に禁止することは不可能ですが、もし煙草というものが現在発明された物ならばその発癌作用で製造禁止になるのは明らかです。そのような本当に大切な事や真実を医療人として一般の方々に理解していただけるようにこれからも日々努力していきたいと思っています。

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生活習慣病を改善するには?

生活習慣病を改善するには読んで字のごとく日常生活の習慣を改善することです。しかしそう簡単に生活改善はできません。昔からずっと続けてきた自分の生活スタイルを変えることになるのですから並大抵の努力では困難だと思います。仮に健診で「あなたが早期肺癌で治療すれば治ります」と言われたら明日からでも煙草は禁煙外来に行かなくてもやめることができるかもしれません。一方で「末期肺癌で余命幾ばくもありません」と言われたら禁煙する価値を見出せないでしょう。つまり生活習慣を改善するにはそれなりの目標や変える事によるメリットがはっきりとしていなければ難しいのです。そして仮に生活習慣を変える事ができたとしてもその変えた習慣をずっと継続しなければなりません。つらい受験でも数年先の合格というゴールが待っているから続けられるのであって一生合格という目標のために受験勉強を継続することは不可能です。まだ発症もしていない病気を未然に防ぐために今まで築いてきた生活習慣を変える事は至難の業です。それは持って生まれたその人の性格を変えよというのと同じくらい困難な事ではないでしょうか。人間なかなか持って生まれた性格を変えることはできません。生活も性格も言葉は似ていますが変える事もなかなか困難です。それではどうすればよいのでしょうか?

私にもこれといった妙案はありません。それでも過去に経験した実績でうまくいった事例はいくつかあります。第一に恐ろしい病気を早期発見できた場合にはそれが生活習慣を変える最も大きな動機付けに繋がります。そのためにはこまめに毎年人間ドックを受けて癌検診をすることです。年1回きっちりと癌検診をしていればそんなに手遅れの癌になることはありません。それで手遅れになるくらいなら何をしても無駄です。一方で脳梗塞や心筋梗塞などは人間ドックでも早期発見することは困難です。癌は一つの癌細胞が倍々に増えて一定の期間で増加していきますので画像診断で早期発見されやすいのですが、血管が閉塞する病気は血管が7割くらい狭くなるまでは自覚症状はありませんし、いくら注意しても残りの3割は一瞬のうちに完全に詰まってしまうことが多いのです。塞栓という心臓に血栓という塊ができてそれが頭や心臓など全身の臓器に流れて行って閉塞させてしまうからです。ですから生活習慣病はどちらかというと時系列的に進行する癌よりもある意味厄介な病気なのです。また癌は極端に言えば、切れば助かるし手遅れなら諦めるしかありませんが、脳梗塞や心筋梗塞は最近の救急医療の進歩で昔と比較して亡くならずに助かることが多いのです。助かっても寝たきりや麻痺など後遺症を残して本人や家族が残りの人生に予想外の時間やお金や苦労を費やしてしまいます。だから生活習慣を変える事、それはその人の性格を変える事と同じくらい大切な事だと個人的には思います。ではどうすればよいか?それは最愛の人、それは配偶者や子供、または親友かもしれません。その人に「これからもずっとお前が必要だから」と言われる人生の動機付けが必要なのです。

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本業でないことは楽しい

以前、元ヤクルトスワローズの宮本選手が「仕事で楽しいと思ったことは一度もない」と言われたことをこのブログでも取り上げましたが、今回はその第二弾です。今回は子供に教えるために高校数学を勉強し直しましたが、正にその通りでした。いつも月に1回内科学会から医学雑誌が送られてきて最近のトピックスなる話題が4050ページにわたって書いてあります。自営業のためなかなか学会に出席できないし出席しても最新の話題にはついていけないことも承知していますので責めてもの思いで毎月読んで理解しようとしていますが、なかなか全てを自分の頭に吸収することができません。まだしも自分の専門領域であれば経験がなくともおぼろげに想像もできるのですが、非専門領域ではさっぱりわかりません。そしてこれが飯のタネと思えば思うほどその11行を読んでいくのが苦痛になります。プライベートで読みたい本を読むときは専門書であっても自分の趣味で読むのですから理解が困難でもそれはそれなりに楽しいものがあります。ですから今回の数学を復習するにあたっても難しい問題が出てきて理解不能でもそれなりに充実した時間を送ることができました。一方で医学専門書は自分ではやらなければいけないというmustな気持ちがあるため楽しくないし理解できなければ更にcan notな気持ちが更にモチベーションを下げる相乗効果を持っているのです。本当にやりたければwant toな気持ちで自らwillしなければいけないのでしょう。英語も子供に教えていますが、助動詞でも前向きな助動詞と後ろ向きの助動詞があります。もし私がこれから塾の講師になるつもりで勉強するならばそれこそ飯のタネにしなければならなくなりmustな気持ちとなり数学も全く面白くなくなって苦行の時間となるに違いありません。

ではその違いは何であるかと考えていくとそれが本業か本業でないかが大きな違いではないかと思うのです。本業だとそれができなければ「おまんまを食えない」ので嫌でもやらざるを得ません。本業でなければ「別にできなくても食いっぱぐれない」ためできてもできなくても気楽な事が楽しさに繋がるのではないかと思っています。ただこれはあくまでも現時点でまだ本業を10年以上残した状況での私なりの結論です。いずれ引退する時には現在とは違った答えになるかもしれません。なぜそう思うのかというとよく雑誌やテレビなどの対談で「趣味は仕事」とか「趣味が高じて本業になった」というお話を聞くことがよくあります。未熟な私にはどうしても「その心」がわかりません。言いたいことはよく理解できるのですが、実感として湧いてこないのです。だから冒頭でも話題に出した元プロ野球選手の「仕事で充実感や満足感や達成感は得られても楽しいことは一度もなかった」という言葉がすっと私の心に腑に落ちたのです。もしかしたら「楽しさ」とその他の「満足や充実や達成感」を混同しているのかもしれません。今回は1年かけて高校数学をやり遂げた達成感や充実感の中に将来本当に楽しさが同居できるかどうかは今の時点では不明です。

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借金は最大のモチベーションである

先日ビジネスカンファレンスに出席して世の中の動向を聞いてきました。それが全て医療業界にあてはまることはありませんが、世の中で活動するという普遍の事業に関しては一定の規則があります。今回は長年働いてきて惰性になってきた状況をいかに打破するかという視点で考えてみました。惰性になるとどうしてもモチベーションが落ちます。最初の頃は希望に満ちたバラ色の人生を夢見て起業するわけですからモチベーションが落ちることなどあり得ません。また目標も掲げて日々邁進しますので惰性というつまらない事に脇目を振る暇もありません。ところが同じことをずっと続けて10年、20年と経過すると自然にモチベーションが落ちてきます。そのような状況に至った時に「次の展開は?」と考えるには今回の企画が絶好の機会でした。

昔昔、自院に帰ってきて新しい診療所を建てた時それはもう20年前のことですが、その当時は右も左もわからず借金を抱えて毎日毎日がそれは必死でした。それでも全くの地盤と看板と鞄をもたない状態からの出発ではありませんでしたのでかなり精神的には楽だったと思います。一方で真っ白な新品のキャンバスではなくひびの入った色褪せたキャンバスに真っ白な布を新しく貼ったような出発ですからどうしても新しいキャンバスを通して薄っすらと昔の色が見え隠れします。これが継承の辛いところで裸一貫からの出発と比較すると一長一短です。それでも借りたお金を返せなければ一家は夜逃げをしなくてはなりませんので必死でした。しかし借金の返済が終了するといつの間にか以前のような緊張感は消え失せて惰性へと変化していきます。一度その惰性というぬるい環境に慣れてしまうと再び「もう一旗振ろう」とは思えなくなります。そしてどんどん年月だけが過ぎていきます。そう言えばこんな感覚はもっと以前にもありました。昔々の事を丹念に思い起こしてみますと今、思い出しました。子供が生まれた時です。「この子が成人になるまでは何が何でも生きなければいけない」と3回思ったあの時の瞬間と同じ感覚です。これも大きなモチベーションになりました。モチベーションは借金返済という具体的な目標から壮大な夢や目標を掲げることまで幅広く存在します。そしてゴール地点に到達してしまうと目標がなくなります。いわゆる燃え尽き症候群でしょうか。また目標がまだ達成されずにその目標を見失うとやはり惰性に流されてしまいます。

そんな事を考えながら「次の一手は?」今、考えています。「もう一度、借金するか?」「いや、この歳で借金なんてもってのほか!」ともう一人の自分が叫びます。「まだ成人してない子供がいるじゃないか?」と尋ねられると「それはそうだけど、最近はそのモチベーションのインパクトは少し薄くなったんじゃね?」と子供からの声が聞こえてきます。言われてみればそれも当たらずとも遠からずです。「じゃあ、何をモチベーションにすればいいの?」と天の声に聞いてみました。「日々精進をしていれば天から囁き声でモチベーションが降りてきますよ」と帰りの新幹線の中で夢うつつに聞こえました。

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